リメイク版テイルズ オブ エデン
□一章 壊れかけた時間に埋もれた
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第三話 魔導士少女の不機嫌
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まだ、時刻は昼前だというのに薄暗い森をカイルとリタは歩いている。
疑い深いリタは謎の多いカイルと行動することを途中まで渋っていたが、結局カイルの同行を許した。
それはもちろん、一人で魔物に襲われた時よりも二人で魔物に襲われた時の方が有利に戦えるからだ。
その実、森に入ってから何度も魔物に襲われたが、カイルが前線に出て戦うおかげで楽に魔術の詠唱が出来、苦戦はほとんどなかった。…が。
「ちょっと…まだ森を抜けないの?」
長時間、森を歩いていることでだんだんとイライラが溜まってくる。そのうえ、やたらとなれなれしく接してくるカイルに対して我慢の限界といわんばかりにリタは不満をぶつける。
「さぁ?とりあえず、まっすぐに行けばいいんじゃない?」
「まさか…適当に歩いてたんじゃ…」
あっけらかんと答えるカイルにリタが疑惑の眼差しをぶつける。カイルのこういったところもリタは嫌だと思った。
「あたしは、あんたが前を歩くからついて来たのに!
テキトーに歩いてんじゃないわよ!!」
「…なんだよ?女の子を前を歩かせる訳にはいかないだろ?
それに…適当になんか歩いてないんだけどな…」
カイルが先頭を歩く理由はもし、女の子に前を歩かせて魔物に襲われたら危険だからだ。それに加えてカイルは通った場所に剣で印を付けてきている(もとは仲間の冒険談から、迷わないように印を付けておくと良い。という話を聞いていたからだが)
決して、適当になんか歩いていないつもりだ。
「…だいたい、あんたなれなれしいのよ。うっとおしくって仕方ない」
「え?そうかな…?」
「そうよ。必要以上に話しかけないでほしいわ」
不機嫌そうに怒るリタの勢いに押されそうになる。
「でも、一緒に行くんだったらいろいろ知りたいと思うのは当然だろ?
どこから来たのかとか、どこへ行くのか、とかさ」
「そういうのがいらないっていうのよ。だいたい、話さなくちゃいけない理由もないし」
ただでさえ、人付き合いが苦手であるリタは、カイルと距離を取りたかったが、それでも道すがら絡んでくるカイル。なかなか抜け出せない森。イライラは限界まで来ていた。頭をかきむしりながら、リタは人差し指を突き付け、カイルに大声で怒鳴る。
「そもそも、あんたが一緒に来るのを許した理由は、護衛のためよ!それ以上の事は望んでないの!」
「ご、ごえい?」
「そう、護衛。魔物と出くわしたときにはあんたは、あたしが術の詠唱している間の時間を稼げばいいの。そのための存在なんだから」
実際、森に入ってから魔物との戦闘はその戦い方で楽に片付いている。もっとも、リタには油断さえしなければ一人でも魔物を蹴散らせると自負している。
「そっか…」
完全に勢いに押されたカイルが頭を垂れる。ちょっと言い過ぎたかと思ったリタは、バツが悪そうに、カイルから視線をそらした。
「よし、わかった!つまり、オレはリタを守ることに集中してればいいんだね!」
しかし、顔をあげたカイルの目はいきいきとしていた。基本的に前向きな思考のカイルはリタが怒っている理由を『あたしに話しかけるよりも、戦いに集中しなさい!』と、勝手に解釈したのだ。
自信家で見栄っ張りなリタの性格をまだ把握しきれていないカイルにはリタは、か弱い女の子に見えているのだろう。
(魔物がたくさんいるような危険な森で不安がっているんだろうな。だから、話しかけられるよりも護衛に集中してほしくて怒る。きっとそうなんだろう。)
先ほどのギガントモンスター戦では、カイル一人の力では撃退は難しかった。ならば、名誉挽回のためにも頑張らなくっちゃ!と、一人で納得したカイルはうんうんとうなずく。
「あんた……何か勘違いしてない?」
それを見たリタがさらに言い返そうと口を開いた時、木々の隙間から明るい光が見えた。
「…あれ?あっちの方、明るくない?」
森の出口がそこにあった。
リタはカイルを押しのけ、出口の方へと歩いていく。カイルはリタの不機嫌の理由がわからず、頭をかきながらもリタを追いかけて足を動かした。
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「……!何者かが来ます!」
「ッ!まさか敵?」
森の入口のすぐ近く。一人の少女は彼女の従者からの声に驚いた。
「…いえ…“彼ら”ではないようです。おそらく一般人かと」
「わかった…。ありがと」
「私は隠れます」
従者はそう言い残すと、体が透けて完全に肉眼では見えなくなった。通常なら考えられないことだが、この従者はただの人間では…いや、人間ではない。従者が消えても少女はその場を見続けていた。従者の目からは少女が何を思っているのかはわからなかった。
従者も人間と同じように感情を持つが、だからと言って他者が何を考えているかまでは分からない。こちらへとくる人間に怯えているのか、緊張しているのか、それとも…泣いているのか。
そうこうしているうちに、森からガサガサと音が聞こえ、金色の髪の少年と栗色の髪の少女が現れた。
「あ、人だ!すみませーん。道を聞いてもいいですか?」
やはり、従者の言うとおり、一般人のようだ。“あの組織”の衣装は着ていない。
「どうかしたんですか?」
ホッと胸を撫で下ろし、少女・“マルタ・ルアルディ”は金髪の少年達のもとへと足を進めた。
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「えっ…気がついたら知らない所にいた?」
互いに自己紹介をすませたが、カイルたちの言う事はとても信じられなかった。そもそも、カイルの言う“聖女・エルレイン”という言葉は聞いた事がない。リタの話しを聞くにしても、“ザウデ不落宮”や“アレクセイ”等やはり聞き慣れない言葉ばかりだ
「うーん?とりあえず、街まで案内するよ
街のギルドマスターなら色々と知ってると思うし」
そう、マルタが旅費を稼ぐために一時的に加入しているギルドの長なら、様々な知識に精通しているはずだ。きっと、彼らの助けになるはずだ。…多少、性格に難があるが、それは言わない方がいいだろう。
「ここからだと、どの街が一番近いの?」
青く晴れた空を訝しげに眺めていたリタが尋ねる。マルタも同じように空を仰ぐが、別に何もおかしい所はない。空は決して曇ってはいない青空そのものだ。
「えっと…“ハテイル・ズル”って街だよ?」
「え?」
今度はカイルも加わり、マルタに尋ね初めた。
「どこ?それ…聞いた事ないんだけど?」
リタもカイルと同じように首を捻る。
マルタは、持っていた世界地図(ワールドマップ)を開き、「ここだよ」と街の場所を二人に見せる。
途端に、二人は驚愕した声を上げる。二人ともが知った世界地図と違う地図がそこにあったからだ。
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カイル・デュナミスはあまり頭がよい方ではない。だが、海を越え、時間を越え、改変された世界でさえも越えた。だから、自分がこの目でみた世界を忘れるわけがなかった。
その冒険の中で幾度となく行われた、過去を歴史を変えるほどの力を持つ聖女・エルレインとの戦い。いくら、歴史を改変しようと大陸や街の位置は変わることがなかった。だが今、ここで見せてもらった地図は大陸や街にいたるまで全てが完全にカイルが見てきた世界と何もかもが違っていた。
リタ・モルディオは頭が良い方だ。たいていの物事は頭に入ってしまう。だからこそ、この地図の事は受け入れがたかった。最初はマルタがデタラメな地図を差し出したのではないか。とさえ疑った程だ。
隣で取り乱すカイルから「またエルレインが歴史を変えたのか?今度はどの時代を!?父さんたちの時代…?それとも、天地戦争時代?」という言葉を聞いた時、一つの仮説が頭に浮かんだ。
「もう一つ聞くけど…」
出来れば外れてほしい仮説。リタは一瞬目をマルタからそらし、すこし息を吸い込んでから質問を口にした。
「この世界の名前は?」
リタの出した仮説。それは“自分達がいた世界と違う世界にいる”ということだ。そんな荒唐無稽な仮説を間違いであってほしいと願った。リタのいた世界の名前は“テルカ・リュミレース”だ。その言葉を聞ければ…。
「…この世界は“テレジア”って言うけど…?」
リタはその言葉を聞いた途端に目の前が真っ暗になりそうになった。マルタの、その返事は仮説が正しいと証明するものとなった。
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青ざめた顔でリタが叫ぶ。
「ここは、私がいた世界じゃない。聞いた事ないもの!“テレジア”って名前の世界なんて!!」
勿論、カイルも“テレジア”なんて言う世界は聞いた事がない。同じように青ざめた顔で冷汗を流している。
「…どうすればいい…」
口から不意に出た言葉に彼自身が、ハッと我に返り、リタと同じように声を荒げる。
「そうだ。どうすれば、オレは…オレ達はもとの世界に戻れるんだ?
オレには助けたい人が…助けなきゃいけない人がいるんだ!!」
最後まで“英雄”として助けたい人がカイルの世界にいる。違う世界にいるのなら、もといた世界には戻る方法を知る必要がある。
「そ、そんな事、私に言われても…」
「あ…。ゴメン…」
思わずマルタに怒鳴っていた事を謝るが、それでもやりきれない何かがカイルの胸を締め付ける。
「…“助けたい人”ね……
さっき、ギルドマスターがどうとか言ってたけどそいつに会えば何かわかるの?」
カイルが言った“助けたい人”という言葉をリタも呟き、申し訳なさそうにしているカイルと戸惑っているマルタの間に割って入る。
「うん…“違う世界”とかの話はよくわからないけど…あの人の所でそういう本があった気がするし…」
確か、そのギルドでパラパラとめくった本の一冊にこの世界と異世界を繋ぐ“精霊の門”というものがあった気がする。とマルタは付け加える。
「ふーん…とりあえず、そいつの所に行ってみるか…
あんたはどうする?」
カイルはリタに話を振られて驚いたが、彼の出す返事は決まりきっていた
「もちろん、行くよ!
マルタ、その人の所まで案内してくれるかな?」
「…うん、わかった
案内するけど一つ、お願いがあるの。いいかな?」
マルタは一つ、条件を出すことで案内する役目をかってでた。
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一方、カイル・リタ・マルタ達から離れた森の中で、獣の叫び声が響き渡り、轟音と共に地響きが起こっていた。
「よくやったな…!」
そして、一人の男が賞賛の拍手をたった今、“ギガントモンスター”を倒した青年に贈っていた。
「いえ、これも日々の教官のご指導の賜物です。それに…」
完全にモンスターが息絶えたのを確認すると、白を基調とした服を翻し、青年は手に握った一振りの剣を鞘へ戻し、“教官”と呼んだ男の方へ振り返る。
「それに…ヤツは手負いでしたから」
そう、青年が倒した“ギガントモンスター”は相当な傷を負っていた。緑色の巨体に、斬撃によるキズと広範囲に渡る火傷の後…。一目で、これは魔物によって受けたキズではない事がわかった。おそらく、相当の剣の使い手と魔術士…あるいは魔法剣士がこの魔物と戦ったのであろう。
この、“グリーンメニス”と戦い、退けるか倒されたか…。
それはわからないが、手負いの状況であったグリーンメニスを仕留めたのはこの青年であった。それは青年に確かな実力を兼ね備えているということだ。
「うむ、それがわかっているなら良い。」
教官と呼ばれた男は大きく頷いた。青年が、強い魔物を仕留めた事で天狗になるつもりなら、叱責するつもりだったが、しっかりと相手のコンディションを見極め、相手が本来の実力でなかった事を把握している。
「将来が楽しみだな…」
教官は青年に聞こえないような声で呟く。将来、立派な“騎士”として成長するであろう青年の姿を思い浮かべたのであろう。
「さあ、そろそろ街に戻るか“アスベル”!」
「はい、“マリク”教官!」
事切れたグリーンメニスに黙祷を捧げ、アスベルと呼ばれた青年は立ち上がり教官・マリクのもとへと戻った。