リメイク版テイルズ オブ エデン

□一章 壊れかけた時間に埋もれた
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■□■
「えっ、誰…?」

カイルとリタ。二人の間の抜けた声が辺りに響く。

 「な…、あんたはいったい…?」

 人違いに気づいたリタがカイルに突っかかろうと口を開く。

 だが、カイルは答えず、持っていた剣を構えるとリタに向かって走る。

「っ!?」

 驚いて声も出せないリタの後ろで、ギャン、と獣の鳴き声が響く。

 リタの後ろで、カイルの剣撃にはじかれた魔物が宙を舞っていた。

 唐突なことに事態を把握できていなかったリタだが、その魔物が地に落ちるのをまるで合図のように、他の魔物たちが牙や、角、爪を鈍く光らせ、こちらへ向かってくるのが見えた。

「まずいっ…ここは逃げるぞ!」

咄嗟にカイルはリタの腕を掴み、真後ろへと走り出す。

「きゃっ」という短い悲鳴が後ろで聞こえるが、そんな事は気にせずに森をカイルはリタの腕を掴みながら走る。

 木々をすり抜けながら走る中、カイルたちの頭上を影が過ぎる。猿の魔物が木を飛び移りながらカイルたちの前に回り込んだのだ。

 着地と同時に猿の魔物は長い腕を振るおうとする。だが、カイルはその攻撃よりも早く、右手に持っていた剣を振るい、魔物の胸に真一文字の傷を負わせる。

 ギギッ!

 予期せぬ傷を負って怯んだ魔物を片脚で蹴り倒して体勢を崩すと、わき見も振らずに駆け抜ける。

 いまだ、後ろからは他の魔物のうなり声が迫ってきている。追いつかれるのも時間の問題かと焦るが、森の出口付近で一際大きな枯木がカイルの目に映る。

「これだっ!」

森を抜けたカイルは立ち止まり、枯木に向けて“蒼破刃”を放つ。
 蒼い真空波をその身に刻み、メキメキと音を音を立て、枯れた大樹が傾いていく

枯木が完全に横倒しになり、カイル達と魔物を遮る障害物となった。これならば、足止めになるかと思ったが、その枯木を飛び越える影が一つ。狼のような魔物“ウルフ”が飛び越え、四肢で大地を蹴り、猛スピードでカイル達へと走ってくる。

「切り裂け!“ウィンドスラッシュ”!」

狂った犬のように涎を垂れ流しながら走るウルフだが、それを風の魔術を放ったカイルが迎撃する。

唸り声をあげて怯んだウルフが後ろにとびずさる。不意を突かれ驚いたものの、再度獲物に狙いを定めなおそうとしたのだろう。

だが、その体は次の瞬間に森から伸びた緑色の長い腕に弾かれ、大地を二転三転して、ウルフは絶命した。

「な…っ!?」

カイルはそれ以上言葉を出すことが出来なかった。代わりに他の魔物たちが悲鳴をあげて散り散りに逃げていく。

バキバキと枯れ木を踏み砕き、現れたその腕の持ち主の正体は…熊であった。

しかし、ただの熊とは別の進化を遂げた魔物“ベア”よりもその体は何倍も大きく、まさに“ギガントモンスター”と呼ぶのが相応しいほどの魔物“グリーンメニス”であった




第二話 立ちはだかる強敵




■□■
そう、あれはまだカイルが冒険に出る直前の事だ。

実家の孤児院の子ども達を連れて《冒険ごっこ》として入った森の奥で、カイル達は熊の魔物“ベア”に襲われたことがあった。

突然の強襲であった事もあり、カイル達は逃げる事を選んだ。しかし、子どもの足では逃げ切る事は難しく、二体のベアに挟まれつつも、懸命に子ども達を守るために一人立ち向かったカイルの肩をベアの爪が掠める。

痛みよりも子ども達の鳴き声がカイルに焦燥と苛立ちを募らせる。

何とかしなくては。だが、どうやって?子ども達を庇いながらの戦いには限界がある。

その時、カイルの義兄“ロニ”が現れ、カイルが散々苦戦したベアを背後からの一撃で葬り去り、残る一体のベアも倒すことで危機は去った。



あれから、カイルは数えきれない敵と戦い、実力もついたと自負していた。

だが、目の前にいる魔物は今まで見てきた魔物の中でもかなりの巨体。どこか頭の中で「逃げた方がいい」と弱気な考えがよぎるが「あの頃とは違う!」という自信もあった。

「少し…下がってて」

まだ名前すら聞いていない少女・リタに言うと、ギガントモンスター・グリーンメニスに向かってカイルは駆けだした。

あの時と状況は同じだ。仮に逃げる事を選んだとしても、女の子の足で逃げきれるかは怪しい。
おそらく、魔術を使えるのであろうが、どの程度戦えるのかもわからない。連携も上手く取れるかもわからない。

「よし、行くぜ!」

自分自身を鼓舞し、カイルは単身で魔物を倒すべく剣を抜いた。


■□■
「“散葉塵”ッ」

ウルフを一撃で絶命させたグリーンメニスの殴打をかわし、懐へと飛び込んだカイルが剣を振るう。

異常なまでに発達した魔物の肉体に刃が食い込む。

しかし、一瞬怯んだものの、剣撃を受けながらもグリーンメニスは丸太よりも太いその腕を振るう。

「うわっ!?」

咄嗟に剣を構えなければ、腰から上が千切れるのではないかと思われる一撃が放たれた。

 気持ちが悪くなるほどに心臓が激しく波打つ。
防いだ上で、カイルの体を浮かせるほどの圧倒的なパワーを持つ化け物を相手にカイルは、肝を冷やす。

(勝てるのか?)
(逃げた方がいい)
(一人で相手をするのは無茶だ)

幾度も頭の中に浮かんだ思考を掻き消し、後ろにいる少女を思い出した。

(あの頃…一人では子ども達を守れなかった頃とは違う!絶対に守るんだ!!)

幾度と揺れるカイルの思考はそう行き着く。

 覚悟を決めると、急速に頭が冷える。

(だったら、どうする?)

 今までの冒険で幾度となく死線を潜り抜けてきたカイルは、自然と戦術を頭の中で組み立て始める。

普段の戦闘ではリアラ達が魔術を放ち、相手が怯んだ隙に攻撃を畳み込むのが黄金パターンだが…今、この場にはカイルと少女しかいない。

今、カイルの後ろにいるであろう少女の姿はカイルの視界には映らない。そのため、表情はうかがえないが、普通の女の子ならこんな化け物に出会ったら泣き出してしまうのが普通の反応であろう。
とすれば、まともに戦えて魔術を使えるのは自分だけになってしまう。

「もうちょっと、術の練習しとけばよかったかな…」

 苦々しく、呟く。
カイルの仲間と比べても、聖女の力を持つリアラや過去や未来の技術で改良されたレンズをもつハロルドやナナリーは勿論、騎士として鍛錬を積み、武術だけでなく回復術も持つロニ、剣を扱いながら術も一通りマスターしているジューダス達と比べるとカイルは自分の術の貧弱さにひそかにコンプレックスを感じていた。

術で戦力になれないのなら、剣の腕をしっかりと磨こうという考えもあり、今まで術よりも剣の特訓をしてきた。
それは自分が得意じゃない術をリアラ達がカバーしてくれるだろう、という甘えだったのかもしれない。その甘えの結果、仲間がいない今にピンチとして降り懸かっているのだから笑えない。

「火焔の帝王、地の底より舞い戻れ…」

どうにかして術抜きでグリーンメニスを倒せないかと考えているカイルの耳に、どこからか聞こえてくる呪文詠唱。

「…え?」

 次の瞬間、カイルは驚愕した。

「“イラプション ”!」

てっきり、逃げ出すか泣き崩れているだろうと思っていた少女が魔術を放ったのだ。



■□■
さすがに、ギガントモンスター相手に一人は無理だろうと、リタは判断した。

向こうでただ、睨み合っているだけで十分に魔術を詠唱できるチャンスが出来る。リタとしても、前衛がいるのはありがたいものだ。

「火焔の帝王、地の底より舞い戻れ“イラプション”!」

地面の底から溢れ出す灼熱が、グリーンメニスを襲う。

「そこのアンタ。今のうちに……」

「逃げるわよ」とリタは言葉を紡ぎたかった。たとえ、二人がかりでもギガントモンスターの相手は難しいだろう。

しかし、言葉を途中で止めた。もう少年はリタの言葉が届かない所まで走っていたのだ。

一体どこへ?逃げたのか?いや、少年は逃げたのではない。では、どこへ?

地面から熱が噴き出したのとほぼ同時にカイルはグリーンメニスの下へと走り出していた

「速い!」
それがリタのカイルに対する印象であった

本来、剣も魔術も扱う者、例えばリタが出会った者で言えばエステルやフレン…それにアレクセイといった者たちがそれにあたるが彼らは魔術を使う際に出来る隙をカバーするために、硬い鎧や盾を身につけていた。それがリタのいた世界の常識だ。

だが、しかし、この少年はそういった物を装備していない。むしろ、軽装すぎるほどだ。

確かにリタやリタの仲間の弓使いのように接近戦に持ち込む必要のない戦いのスタイルの者は動きやすさを重視するため、盾や鎧のような重装備は必要ない。

しかし、あの少年は魔術も扱いつつ接近戦を挑む剣士でありながら軽装備である。地をカイルの足が蹴るたびに一速、二速、どんどんと加速していく。まるでそれは一陣のつむじ風のようであった。

「だけど…」

確かにあの速さには驚いたが、あの少年の右手の握られている片手剣でいったいどれほどの攻撃ができるのであろうか?まだ、大剣や巨大ブーメラン、斧といった破壊力に長けていて、一撃で倒せる程の打撃力があるのならば、起動力を重視するのはわからないでもないが、耐久力に優れているギガントモンスターが相手では、いくら速く動けようと決定力に欠けていては……いずれ追い詰められてじり貧になるとしか思えない。

しかし、その考えは間違いであることに直ぐさまリタは気づいた

「“蒼破刃”ッ!」

この技はユーリが使ったものと同じはず…なのだ。

しかし、ユーリの蒼破刃よりも鋭く、その少年の蒼破刃はグリーンメニスの巨体に打ち込まれる。

「…何、あれ!?」

威力自体は見た目それほど差はないのかもしれない。しかしリタたちが扱う武具“ブラスティア”とは違う原理の力でその技は放たれていた。

ブラスティアは持ち主の身体能力を強化する武具だ。それにより超常の技や魔術を放つことができる。しかし、ブラスティア研究をしているリタの目には、今、目の前で放たれた技は身体強化から放てる技というよりも、何かの力を刃に宿して放つ技のように見えた。

「まさか…ブラスティアじゃない何かが関係してるって事…?」

それこそ、有り得ない話だ

リタの知る限り、ブラスティア以外にそのような力は…“満月の子”ぐらいしかないのだから。

「こいつ…一体?」



■□■
「逃がすか!まだだ!“牙連蒼破刃”ッ!」

蒼の真空波を受け、巨体が怯んだ瞬間に、さらに踏み込み、カイルは追撃を放つ。連続で放たれる剣閃が腹、胸、脚に突き刺さり、瞬く間にグリーンメニスの緑の体毛が赤黒く染まっていく。

 とどめに再度放った衝撃波がさらに傷をえぐる。そこで、カイルは後ろに数歩下がり、魔物との間に距離を取る。

魔術の援護があるのだから、危険を冒してまで敵の近くで戦うよりも少し離れ、カイルの後ろにいるリタに攻撃が届かないようにどんな動きがあろうと対応出来るようにするべきだと判断したのだ。

睨み合って数秒。傷口からポタポタと血を垂らしながらグリーンメニスがゆっくりと森へ引き返す。その巨体が完全に森の中へ消えていくのを確認してから、カイルは剣を背中に掛けた鞘へもどした。

撃退に成功したのだ。

「なんとかなったか…」

安堵の溜息が自然と出てくる。たまたま魔術が使える者がいたから、追い払う所まで戦えたが、もし、カイルが一人であったならこうはならなかったかも知れない

仮に追い払えても、重症を負っていた可能性だってある。…己の力のなさを痛感してしまう。

 気を取り直して、後ろへ振り返ると、いきなり目があったことに驚いたのか、ビクリと肩を上げる少女の姿が映った。

「助かったよ。
君、凄いんだね!さっきの術…地面がドバーンッ、ってなってさ」

己の修業不足を忘れないように心に留めるも、カイルは一先ず礼を言うためリタに駆け寄る。

「ま…まぁね。
それより、あんたに聞きたい事があるんだけど」

「あ、それならオレも聞きたい事があるんだ!」

あくまで冷静に返答をするリタにカイルも尋ねたい事がある、と返す。

「…言っとくけど、『魔物の群れから助けてやったんだから礼をよこせ』って話しだったら今は無理だから後にしてね。
それより、ここがどこだか知らない?」

気になる点は多くあるも、リタにとって一番大事なことは一刻も早くアスピオに戻ることだ。正直なところ目の前の少年の力に興味はあるが。

「…オレもここがどこだかわからないんだけど……」

そのカイルの言葉にリタは一瞬、目眩を覚えた。話しにならない。とさえ思えた

 だが、その行動はカイルにはひどく落胆されたように見えた。

「ご、ごめん。オレも気が付いたらこんなところにいてさ……」

「は?あんたも…なの?」

カイルの言葉に首をかしげると、リタは頭に手をやり、うつむきながら現状について考え込む。だが、カイルにはその仕草がリタがひどく困っているように見えた。

えっと、あの…と何か言葉を言うべきかとカイルは考えたが、とっさに上手い言葉が出てこない。自分だって困っているのだ。

「それに…さっき言っていた…お礼なんていいよ!
オレは英雄になりたいんだ。困ってる女の子を助けるのは当たり前だからね」

考えて考えて出した言葉がこれだった。自分でも「何を言っているのか」と言葉を言い切ってから冷汗をかく。
冒険に出る前によく妄想していた『英雄になった自分が人助けをした時に言う、かっこいいセリフ』がとっさに出てしまった。

 昔ならともかく、今のカイルには軽々しく英雄なんて言葉は言えない。その言葉の意味の重さを冒険の中で知ってしまったのだから…。

 はは、と乾いた笑い声。恐る恐る目の前の少女の表情をうかがうって見る。

「英雄…?」

「あは、はは…」

この少年は何を言ってるんだろうかと、言いたげにジト目でリタに見られ、思わず頭をかいてしまう。

「バカっぽい…」

リタはそう呟き、踵を返すとカイルから離れようと歩き出した。

「ちょ…っ、待ってよ!?」

それを追いかけ、カイルはまだ名前すら聞いてない少女を追いかけ、走り出した。
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