「剣ちゃん、寒くないの?」
「ああ、…お前、寒いのか?」
うん、と白い息をはきながら両手を口元に宛がい肩を竦めているやちるを「しょうがねぇな」と懐に抱え込む。
「剣ちゃん、葉っぱ…黄色だね」
「ああ」
非番だというのに十一番隊のトップ二人は、にぎり飯を小脇に抱え近くの山にハイキングだ。
「剣ちゃん、どうしてここに来たの?」
「…………」
そうだった。こいつにも話していなかった。山という場所に来たくて仕方ない、と。俺にそんな理由があったら可笑しいから。誰にも話していなかった。
「お山に登りたかったの?」
やちるの質問に答えず、赤や黄の景色を遠い目で見ている剣八に、何かを察した様に小さな声で聞いてきた。
「少し違うな……」
来てみたかったんだ。そんな言葉を意外!と見る周りは多いだろう。あの喧嘩大好き!いつでもどこでも血走った目つきの更木剣八が、山を見に来てみたい?…。嵐でも来るんじゃ?!と騒ぐ奴も居ることだろう。ただ、小さな副官は「ふ〜ん」と剣八の見る木々に目線を動かすだけだ。
「このお山、知ってるの?」
「………、いや」
「どうしてこのお山なの?」
「別に理由はねえよ」
ただ、近かったからだ。なんて早口に言い切る剣八にふふ、と笑いがこぼれた。
「…なんだよ」
「剣ちゃんのうそつき」
「チッ、わかってんなら聞くなよ」
最近の更木はちょっと変だ。前はどんな出涸らしでも喉を鳴らして飲んでいたお茶を、弓親に「煎茶にしろ」だの「深蒸しじゃないからお湯を淹れたら一分は待て!」だとか「急須を振って、最後の一滴まで注げ」だのと、指示していた。
お風呂だってそうだ。「剣ちゃん、クサイ…。ちゃんとお風呂入ってよね」と言えば、「バカヤロー。男が石鹸のにおいをプンプンさせてどーすんだ!男は汗くせえぐらいがちょうどいいんだよ」と、白い歯を輝かせていたのだ。
そんな剣八が、今日はジャスミンの香りを漂わせている。
理由は知ってる。きっとそうだ。ボソボソと坊ちゃんだとか、世間知らずのボンボンだとか、箱入りの甘ったれだとか言っているのを目にしたことがある。
少し上を向けば、未だに遠くの景色を見る剣八にまた笑いがこぼれた。
「もう寒くないから探検してくる〜〜〜」
ガバッと懐から飛び出すと枯葉の絨毯に突進した。
「気いつけろよ」
さわさわと風が揺らす葉の音を聞きながら、瞼を閉じれば「あ〜〜!」「きれい〜〜」「すご〜〜〜〜い」と言いながら右へ左へ走り回るやちるに、寒かったんじゃねえのかよ、と苦笑しながら来てよかったと思う剣八だった。
「剣ちゃん!……これ、この葉っぱ見て〜」
枯葉を並べ、
「これ剣ちゃんね」
と、指さす。
「なんでそれが俺なんだよ」
「緑だから〜」
理由が利にかなっていない。
「これが――」
「お前か?」
うん!小さな赤い枯葉を指しながら頷く。
「でね、これがね―」
赤より大きく、緑より少し小さな葉を指差し、ああそうか、と結論を出した。
「なるほどな、…見えなくもねえな」
でしょ?満足そうな笑みをつくり「剣ちゃん、やっぱり寒い……、帰ろう?」とブルルッと震えるやちるにわかったと、相槌をしながら枯葉を大事に懐にしまった。
「喜んでくれるといいね」
「ああ」
「びゃっくん黄色の葉っぱ、好きかな?」
「多分…な」
二枚でも俺とやちるの関係は成立する。
小さい葉と大きい葉。
でも、中くらいの葉も世の中には存在する。それをあいつにあてはめるなんて、誰が決めた訳でもないけれど、小さいのも大きいのも中くらいのも見つけてきたやちるの行動にうれしくなった。
理由は多分、ないだろう。
緑だから俺、赤だからやちる、黄だからあいつ。
信号みてえだな、と利にかなった答えを抱え、下山というよりも転って下りていくやちるを見ながら今晩葉っぱを渡されたあいつの顔を想像するとまた笑いがこみ上げた。
「びゃっくん黄色好きだといいな〜〜」
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「あれ?隊長。珍しい栞使ってますね」
「…草鹿にもらったのだ」
「きれいっすね」
「私なのだと言っていた」
「あ〜、なんとなく。……わかります」
六番隊隊長、朽木白哉の栞は黄色の枯葉。
貴族なのに?!栞が枯葉?!そんな噂もちらほらと。
「びゃっくん、黄色の葉っぱ…好きでよかったね。剣ちゃん」
「まあな」
「剣ちゃんのことも好きだといいね♪」
「余計なこと言ってんじゃねえぞ、コラ」
「剣ちゃん照れてる〜〜〜〜〜〜」
「照れてねえよ!」
今日もまた、甘いような渋いような、まろやかな煎茶が胸に染みる。
おわり
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剣ちゃんおめでとう!!てんでおめでとうな雰囲気は漂わなかったけれど、おめでとう。そんな気持ちですは込もっています。本当におめでとうございました(得意の過去形)。
小梅
。。