Othir text
□persona cara
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【persona cara】
――いや違う。これは、そう…家族に対する、弟に対するような愛情なんだ。
物心つくころに母を殺され、その犯人である父は逃亡して、僕は親戚経由で教会経営の施設に預けられて、そのまま家族というものを知らずに聖職についてしまった。
妻帯を認められていないカソリックでは僕は妻を娶ることも、血を分けた子を成すこともない。
そう、だから。
コレ、は。
代替措置の一種なのだろう。『彼』に対するこの気持ちは。
家族の愛情に飢えた僕が、弟のように愛しいと想っている。ただ、それだけのことなんだ…!
朝の清々しい光を遮るカーテンを開けもせず、ベッドの上で固まったまま自身に何やら必死で言い聞かせているのは、バチカンは『聖徒の座』に属する神父、ロベルト・ニコラスだ。
そこまでして(遅刻の危険を犯してまで)彼が言い訳じみた思考を紡ぐのは、寝起き端に見た夢のせいだった。
彼の同僚、日系人神父の平賀・ヨセフ・庚の夢を。
真っ直ぐな黒髪。同じく漆黒の瞳は煌めく夜空の星のようだ。
端正な美しい顔は華奢な体つきと相まって、可憐な少女のようで。
――そうだ!それもいけない!男なのに!もう20代中盤だというのに!なんであんなに…!
「はぁ……」
シーツを握りしめた掌をゆっくりと開きながら、深い溜息を吐いた。
以前彼は夢の中で悪魔に誘惑された。
その際悪魔が最初に提示したのは美女と巨万の富。そんなものには、彼の信仰心はビクともしなかった。彼の大好きな古書の山にさえ打ち勝ったというのに(多少危なかった…)、悪魔が平賀を持ち出したとたん、一気に天秤は平賀に傾いたのだった。
信仰心より平賀をとってしまう自分。
それでは平賀は、自分にとって神にも等しい存在なのだろうか?
「馬鹿な…」
呟く声も力なく、掠れた囁き声にしかならない。
平賀と共にジュリアにサタニスズムへの勧誘をされた時も、彼の心は決まっていた。平賀について行こう、と。
神を捨て、悪魔を崇拝することさえ厭わない。…側に平賀が居てくれるのなら。
あの時、平賀がキッパリと断ってくれたから、今自分はここバチカンに居るのだ。
(だから、平賀は、自分にとって、とても大切な…大切な、存在で。だから、あんな夢を…)
どんな内容の夢だったのかは、ロベルトの動揺具合から推して知るべしだ。聖職者である彼とて、神の子であってもやはり人の子。そして心身共に健康な成年男子であるということなのだ。
いい加減に支度を始めないと、本当に遅刻してしまう。心そのままに重い身体を引きずるようにしてベッドを下りると、ロベルトは身支度を始めた。