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□いただきます。
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【いただきます。】



 シャキシャキと瑞々しいレタス、真っ赤に熟れたトマト、繊維に沿って切られた千切りキャベツ、適度な硬さを残した茹でブロッコリー、粗くつぶしたポテト、そうした色とりどりの野菜の上にベーコンチップをトッピングしたサラダ。
 たっぷりのコーンを使ったまろやかな味のコーンスープにはパセリとクルトンが浮かび、彩りと食感のアクセントをつけていた。
 目にも鮮やかな黄金色のオムライスは割ればこれまた鮮やかな赤いケチャップライスを切り口から見せつけるだろう。 どれも1人前にしては多すぎる量だった。
 オムライスは大皿いっぱいに綺麗な舟形を乗せた巨大さで、ケチャップで何故か『LOVE & PEACE』の文字。真ん中には2種類の国旗のついた爪楊枝が2本刺さっていた。
 そして料理は各種特盛り1皿ずつ。スプーンとフォークは2本ずつ。
 オムライスに負けない金茶の髪の青年が、オムライスを端からスプーンで一匙掬うと、「はい、アーン」と相手に差し出すのだった。そりゃあもう、満面の笑顔で。それはそれは嬉しそうに。
 差し出された方はといえば、黒絹のようなサラサラした長めの前髪から覗く碧い瞳が一瞬眇められるが、すぐに諦めたのか桜色の唇がゆっくりと開かれた。白磁の頬を幽かに朱に染めて。
「美味い?」
「ああ」
「じゃ、今度はハニーが食べさせて?」「え…」
「あーん」
「……」
 端麗な顔がますます朱色に染まった。しかし、しばしの躊躇の後に自分の口に入ったのとは反対側をスプーンで掬い、そして……。



「てな感じでな、お互い食べさせ合いっこしようと思ったんだよなあ」

 有り得ない!

 デイビッドの妄想を聴かされたBは胸中で叫んだ。
 厨房の作業台に並んだ料理はどれも先ほど休憩室で賄いとして食べたものと同じだった。
 しかし、そのサイズは遥かにデカい。デカすぎだ。
 そう言えば、この人さっき食べてなかったよな、とBは作り手の顔を窺いながらお昼の様子を思い出していた。
 食べていなかった、というかそもそも最初から自分の分は用意していなかったらしく、テーブルの上は彼の前だけ何も乗っていなかった。
 食欲がないのか、具合でも悪いのかと心配する使用人たちには「後で食べるから」と曖昧にユルい笑顔で誤魔化していた。
 2人分を分けずに一纏めにしたのはそんな野望があったからなのか。馬鹿馬鹿しくもささやかで微笑ましく、かつ無謀とも言える野望だが。
 それともデイビッドの中のセバスチャンはそういった事をしても不思議ではないのだろうか。無茶でも無謀でもなく十分勝算があるのだろうか。
「…でな、俺がこっちから、ハニーが反対から食べさせていってだな。真ん中の旗を倒した方が負け!」

 …あーりーえーなーいー!!

 負けた方が勝者にキスを贈るんだ!などと少々頭の痛くなる妄想を聞かされて、Bは再び胸中で叫んだ。

 慌ただしくセバスチャンが出掛けたのが11時少し前だった。「昼食はいらない。夕方までには帰る」と言い残してデーデマン家を後にした。何やら『子飼い』の部下がヘマをやらかしたのか、セバスチャン本人が行かなければならないようだった。

 いらない、と言われたのに予定通り用意してしまったのは諦めきれなかったのか、もしかしたらセバスチャンが早めに帰ってくるかもしれないと期待してか。
「…もしセバスチャンが出掛けなかったら、まさか休憩室で皆の前でそんな風にして食べる気だったんですか?」
「うん」

 あぁぁりぃいえぇぇなぁああいぃぃぃぃ!!!!!

 3度目の絶叫をBは心の中で放った。

「…とにかく、食べちゃったらどうです?」
 時刻はすでに2時を数分過ぎ、ランチにはやや遅めの時刻だ。至極真っ当なBの進言にも乗り気でないのか「う〜ん」と気の抜けた声を上げるデイビッドだったが、何かを思い付いたのかパッと顔を輝かせた。
「そーだな、食べるか。B君も食べないか?一人で食べるには量多いし」
「え?…いや俺はさっき食べ…」
「まあまあ、遠慮するなって。はい、アーン」
 ニコニコとどこか嬉しげな笑顔でオムライスを一匙掬うとBに差し出す。その目はBを通り越してここにはいない愛しい者を見ているのだろう。
 その証拠に、
「ほぉら、ハニー。アーン」
 などとほざいている。
「な…っ、デイビッドさ」
「あーん!」
 笑顔のまま強制されて、日頃の恩義(主に隣家の主人系)に報いようと、お遊びに付き合うことにした。
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