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□花より…
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木を隠すには森。
死体を隠すには戦場。

…とはよく言ったもので。



【花より…】



「困ったな……どうしたものか」
 自家用車から道路にまで溢れ、零れ落ちた花束を見てロイが溜息を吐いた。
『花』と言えば女性に贈るものと相場が決まっている(あくまでマスタング相場)と早速美しい『元』副官に電話を掛けたものの、すげなく振られてしまった。
 どことなく様子がおかしかったのは気に掛かるが、それはまた後日確認する事にして、今はこの花々の落ち着き先を決めるのが先決だ。
 東部時代なら迷わず司令部に持っていき女性軍人達に無料頒布会を絶賛開催するところだが、ここ中央司令部でそんな真似をすれば噂が憶測を呼び、花からあの花屋のご婦人が割り出されるかも知れない。
 何しろ有名人という事を差し引いても目立つ顔立ちのロイが夜間大量の花を購入していたとあっては悪目立ちも甚だしい。
「うーん…」
 花。
 大量の花。
 大量の花を買っても怪しまれない状況…。





「これは…何かの嫌がらせか?」
 朝食が済み、さて一服…といきたいところだが、1日1本と決められたその1本をこんな朝っぱらに終わらせてしまうのはどうかと、非常に重要かつ深刻な命題を前に悩んでいたハボックの病室に突如花が届けられた。
 護衛の都合上退院したロイも現在入院中のハボックも偽名を使用している。その偽名宛で、差出人の名前は無かった。この偽名を知っているということは、親かあるいは軍部、それもごく近しい者の筈だ。
 しかもその花束は1束2束といった可愛げのあるものでもなかった。
「…多すぎだろっ!」
 次から次へと続々運び入れられる花束達は、ある意味凶器と化してハボックの鼻腔を貫いた。
 それ程狭くもないはずの2人部屋の病室は忽ち花々とそれらが撒き散らす香気で満たされたのだった。
「元気そうだな」
「大佐?!」
 花束全てを運び入れた業者と入れ違うように飄々と入ってきたのはかつての上司。
「え…まさか…もしかして、この花大佐が…?」
「もしかしなくても私だが?」
 女性相手なら兎も角、間違っても男に花など贈りそうにないロイが何を血迷ったのかとハボックが訝しげな視線を向けても、本人は澄ました顔で、
「可哀想な怪我人のため、殺風景な病室に少しでも彩りを添えてやろうと、花屋にある花という花を買い占めたのだ。有り難く思えよ」
 と宣った。
「はあ…そりゃ、…どうも…」
 嘘臭い。そして胡散臭い。
 爽やかな笑顔を浮かべてみせるロイを見るハボックの目は懐疑的だ。伊達に深いお付き合いはしていない。
「花より煙草のが嬉しいっすけどね」
「1日1本しか吸えないくせに」
「まあそうですけど。いくら何でもこれは多すぎでしょ。花瓶も無いし…」
 ハボックの言葉を遮るようにして軽いノックの音がしたかと思うと扉が開かれた。
「まあ!何事ですか、これは?!」
 検診に来た看護婦がギョッとしたように足を止め目を丸くした。
「騒がせてすまない」
「いえ…それはいいのですが…」
「自由に外を歩けない彼の為に少しでも自然を感じさせてやりたくてね。ついついアレもコレもと欲張ってしまって…」
「まぁ…お優しいんですね」
 ふぅわりと憂いを含んだ微笑を浮かべたロイに見つめられ、免疫のない看護婦が頬を紅く染めた。
 騙されてる。あんたその男に騙されてるよ。
 そう言いたいのは山々なのだが、後でどんな仕返しをされるか分からないのでハボックは敢えて黙っていた。
「ああ、これがいい」
 花の山をぐるりと見渡し品定めするような視線を投げ掛けていたロイが1つの花束に目を留めると看護婦に恭しく差し出した。
「どうぞ」
「え、私に?」
「この花の色が一番貴女の瞳の色に映える。…ああ、やはり美しい女(ヒト)が持つ方が花の美しさも引き立つな」
「そんな…」
 誰かー!病院で看護婦を誑している奴がいますよー!
 もじもじとはにかむ看護婦を見やりながら、やはりハボックは声に出さずに叫んでみた。
「良かったら皆で分けると良い。花と煙草の区別もつかない無粋な男の部屋にあるより、美しい女性を彩る方がこの花達も本望だろう」
「えー…と、俺のために買ってきてくれたんじゃぁ…」
 ハボックの呟きはロイに黙殺され、ロイにぼぉっとなっている看護婦には届きさえしなかった。


 
 
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