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□クレソン事件
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【クレソン事件】



 どんな職場でもランチタイムは一番の楽しみだ。肉体・精神共に酷使する軍部では尚更。
 ここ東方司令部の食堂も昼休みとあってささやかな幸せを満喫しようと軍人達が詰めかけていた。例えメニューが極端に少なくとも、味がイマイチどころかイマニくらいでも、量がたっぷりあって安ければ大概の軍人達は満足する。味に対する文句も仲間内での話のネタだ。

 ランチは日替わりメニューが2種類あるのみで、『Aランチ』『Bランチ』と簡便に名付けられたそれは断然Aランチが人気だった。Aが肉料理でBが魚料理だからだ。鮭のムニエルを食べている者は片手の指で足りるほどで、殆どの者がハンバーグを食べていた。何故か必死の形相で。

 国軍大佐ロイ・マスタングもまた、Aランチを選びトレーを持って会計を済ませた。ふとレジ横を見ると険しい文字で書かれた張り紙が目に留まった。
『クレソンはゴミではありません!』
「………?」
 どこかで見た事がある文字だった。ふと手元を見下ろすとハンバーグの上には太さも長さも枝振りも立派なクレソンが青々と鎮座在(ましま)していた。
「大佐ー!こっち空いてますよー!」
 身体に似合う大声で呼ばわったのはロイの部下の一人であるハボックだ。テーブルまで行って見れば席に着いているハボックの隣にはファルマンが居て、両名の前にもAランチが置かれていた。
「…張り紙を見たか?」
「見たっす」
「『クレソンはゴミではありません!』…ですね?」
「クレソンを捨てるな、ということか…」
 見ればハボックはたっぷりの枝振りのクレソンをハンバーグに乗せたままもろともに切り分け一緒に口に運んでいた。ファルマンもハボックほど大きな塊ではないが、やはり同じようにして食べている。
「…大佐はいつもクレソン捨ててますもんねぇ」
 ハボックの指摘に、ぐずぐずとハンバーグの端っこを小さく切っていたロイがキッと顔を上げた。
「何が悪い。クレソンなんてパセリと同じく彩りよく見せるための飾りだろう。辛いし、美味くないし。肉料理といえばステーキだけでなくハンバーグだろうが何だろうが必ず乗っているのもおかしくないか?!しかも街のレストランで見掛けるよりはるかに立派な枝振りの物が、だ。食堂の責任者がクレソン農家からリベートでも貰っているのかもしれん。一度調査する必要があるかもしれんな!それはさて置き、捨てているのは私だけでは無かろう。いつも沢山ゴミ箱に捨てられているではないかっ!」
 キレ気味に、興奮からやや頬を紅潮させて一息に言い切ったロイが下からハボックを睨み上げた。そんな表情はとても年上にも上官にも見えなかったが、それを口に出せば焔に油を注ぐ結果となるのは明らかなので、ハボックはそれについては賢明にも沈黙を守った。
「まあ…収賄疑惑はともかくとして、私もいつもは残しているのですが…」
「食べずに捨てる奴が多いから、食堂のオバチャンが怒ったんじゃないすかね?食べ物を棄てるなんて勿体ないことを!って」
 残す派のファルマンと食べる派のハボックがそう言うが、そもそも偏食が付け合わせや彩りどころにとどまらないロイは、不満顔だ。
 そこへハボックがトドメを刺した。
「…あの張り紙、張ったのホークアイ中尉ッスよ」
「なに!?」
「大佐が来る少し前、無表情にやって来て無言で張っていったんです」
 皆が何事かと見守る中、パシッと張り紙を掌で打ちつけるとやはり無言のまま去っていった。その間食堂内は水を打ったように静まり返り、大の軍人達が首を縮こめ中尉の一挙手一投足を見守っていたという。
「中尉が………」
「食堂のオバチャンにでも頼まれたんじゃないすかね。あんまし食べずに捨てちまう奴が多いから」
「そうか、それで…」
 ハンバーグを食べている者(食堂にいるほぼ全員)がかなりの真剣さで食事をしているのに合点がいった。クレソンを残してはいけない!が変じて、食べ物を一欠片でも残しては怒られるかもしれないという恐怖感にとらわれているのだろう。その気持ちはロイにも良く解った。
 東方司令部のトップはグラマン中将であるが、実際に実務レベルで取り仕切っているのはロイだ。しかしそのロイ・マスタングにして逆らい難い相手がいるとすれば、リザ・ホークアイに他ならない。『東方司令部影の女帝』と言われる所以である。

 
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