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□モンゴリアン ブルー スポット
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【モンゴリアン ブルー スポット】



『鬼』ならぬ『鷹』のいぬ間に……と言う訳でもないだろうが、『マスタング組の規律』ことホークアイ中尉が今日明日とセントラルに出張中の為、マスタング司令官執務室に繋がる直属の部下達の大部屋はどこか弛んだ空気が流れていた。
 一応の仕事はしている。ここ最近は大きな事件の発生もなく、細々とした事件や事後処理、それに伴う書類仕事だ。
 たらたらとペンを走らせながらも口を動かす余裕のある程度の緊急性・重要性に乏しい書類を前に、自然雑談の類も多くなった。
 いつしか話題は各々の子供時代の話になり、ブレダ少尉が犬恐怖症になった切欠の事件ーー幼少のみぎり虎のような巨大な野良犬に追い掛けまくられたうえに喰われそうになったとか(客観的に情報を整理する限りでは人懐っこい大型犬が遊んで欲しくてじゃれついてきて舐め回されたというだけのようだが)、ハボックの初恋は近所に住む綺麗な年上のお姉さんで、一目惚れしたジャン少年は速攻告り速攻拒絶され、その恋は僅か5分の命だったとか。そういったヌルい思い出話を交わしていた。
 
「そう言えば、僕が子供…というかまだ赤ちゃんの頃の話で、僕自身は全然覚えてないのですが…」
 うっすいコーヒーを啜ったフュリーがふと思い出したという軽い感じで話し始めた。
「僕の両親が、乳児虐待で逮捕されかけたそうです」
「「「………っ?!」」」
 軽い口調に『赤子時代のオモシロナツカシねた』でも出てくるのかと微笑みすら浮かべていた上官3人は、そのまま固まり絶句した。
「検診先の病院の医師が僕の身体に大きな青痣を発見して、憲兵に通報したんだそうですよ」
「…そ……れは…」
「大変…だった、な…?」
 二人の少尉は表情の選択と返す言葉にに困った。フュリー自身は相変わらずニコニコと微笑んでいたから余計に。
 暗く辛い悲しい過去を乗り越え、その過去を親しくなった仲間に淡々と事実だけを告げる。非常に重たいカミングアウトも信頼されているからだと思えば苦ではない。少なくともロイ・マスタングを旗印とした運命共同体の自分達にとっては。
 きっと子供時代の話題が出たついでに、思い切って話してみたのだろう。実の両親に虐待されていたなんて過去を何でもないように話すフュリーにいじましさを感じた階級も年齢も上の少尉たちは「さあ、お兄さんに何でも話してごらん!」と両手を広げてフュリーの次の言葉を待つ体勢をとった。
 ファルマンひとりが、首を傾げ何かを考える風な表情だ。
「ええ、ホントに。…誤解を解くのが大変だったって、今でも時々こぼしますよ。いやあ、僕も将来気をつけないと。子供が出来たら、痣が出るかもしれないですもんねぇ。……いえ、まだ結婚の予定とか全然無いですが!彼女もいませんし!」
 最後は頬を微かに朱に染めて早口に言い切った。傍らでファルマンがうんうんと納得顔で頷いている。ハボックとブレダだけが置いてけ堀をくらって『ぽかん』としていた。
 フュリーの中ではもう済んだ話しらしく「ファルマン準尉って子供の時から記憶力良かったんですか?」などと次の話題を振っていた。
「ちょ…っと待ったフュリー!」
「話を終わらすな!どうなったんだよ結局!」
「え?どうって?」
「だから、お前の両親が乳児虐待で逮捕されたって話!」
「いえ、されかけただけで、逮捕はされてません」
「でも体中に青痣が出来てたんだろ?」
「体中じゃないですよ、お尻の上あたり1カ所だけ…」
「でも殴られて出来たんだろっ?!」
「違いますよ!」
 困った顔で苦笑混じりに、しかしハッキリと否定された。
「えーと、説明不足でスミマセン。少尉達も知らないんですね?…僕みたいな黒髪黒目の人種って、生まれつきお尻の上あたりに青痣があるんですよ」
「蒙古斑(もうこはん) Mongolian Spot或いはMongolian Blue Spotと呼ばれるものです。多くは仙椎のあたりに出ますが、まれに臀部や背中以外の場所にも出る事があります」
 フュリーの言葉にファルマンが補足説明した。歩く百科事典の彼には話の途中でフュリーの言わんとした事がわかったようだ。
「何だ脅かすなよー!」
「まあ、本当に虐待があったんじゃなくて良かったじゃないか、ハボ」
 きっと検診をした医者や事情聴取をした憲兵たちも今の自分達のような反応だったのだろう。その時のことを想像すると可笑しみがこみ上げてきて、自然と場が和やかな雰囲気に包まれた。

 
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