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□東方戦線異常あり
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【異常なし】をご覧になってからお読みください。



【東方戦線異常あり】



 昨日までの長雨が嘘のように止み、雲一つない青空が広がっていた。時折吹く風も花の香りを含み甘く、春を感じさせる。

 東方司令部司令官ロイ・マスタング大佐は、大きな机の上を書類まみれにして、珍しくサボることなく仕事に勤しんでいた。
「大佐、明日の着任式に着る礼服ですが、ご用意はできていますか?」
 有能な副官が訊ねたのは、質問形式をとってはいたものの『明日持ってくるのを忘れないように』と言う念押しだ。
 それを察してかロイがにこやかに微笑む。
「ああ、大丈夫だよ中尉」
「そうですか。なら、良いのですが…」
「確か、ここのロッカーに入れっぱなしだった筈だから」
「……確認させていただいても?」
 曖昧な返事に危惧を抱いた副官が訊ねれば、「ああ頼む」と軽く手を振られる。上司の前を一礼して退室したホークアイが2着の軍服を手に戻ってきたのは5分後だった。1着は件の礼服で、もう1着は通常軍服だ。何やら難しい顔をしている。
「大佐」
「…何か、問題でもあったか?」
「先日の汚れた軍服をロッカーに入れっぱなしでしたね?」
「ああ…そうだったか…な?」
 先日の、とは雨中に市街地を視察したさいに泥はねしてしまったものだ。大抵の者が予備の軍服をロッカーに常備している。ロイもその例外に漏れず、視察から帰ってきてから濡れ汚れたのを嫌って着替えたのだ。その汚れた軍服は後でクリーニングに出そうとロッカーに突っ込んで、そのまま忘れてしまったのだった。
「礼服に泥汚れがついてしまっています。それに、黴臭い臭いも…」
「…それはいかんな」
 何しろ酷い雨だった。全身ずぶ濡れになった無能上司をホークアイが眼を光らせがっちりガードしながらの視察となった。余すこと無くぐっしょり水を含んだ軍服を狭く暗いロッカーに押し込んでいたのだ。数日間、一緒に入れていた礼服まで黴臭が染み入っていた。泥汚れよりこちらの方が寧ろ深刻かもしれない。
「両方とも、至急クリーニングに出しておきます」
「…すまない。頼むよ」
 着任式の責任者は名目上は最高司令官グラマン中将だ。しかしその他諸項目と同じく、実際に取り仕切るのはロイである。スピーチも行わなくてはならない。丸投げされたからだ。
「そーゆーの面倒臭いんだよねぇ。マスタング君に任せるよ」という何とも思慮深いお言葉とともに。
 来賓も来るというのに、司令官殿がプンプン臭ってはたまらない。
 総務クリーニング受付所に軍服を出した後、明日の進行の打ち合わせに行くというホークアイをロイは弛ーい笑顔で送り出した。責任者代行はロイだが、細かい事務作業は部下たちに一任してあるのだ。

 しばらくはカリカリとペンを走らせる音と紙を捲る音だけがしていた。「これだけは絶対に本日中です!」と朝一でホークアイに怖い顔で命令された書類の山々が結構な標高だったからだ。それも半分ほどにまで減り、伸びをしたロイは冷めきったコーヒーを啜った。
(今日の私は頑張った!何しろ朝から一度もさぼらず、ずーっと仕事をしていたのだからな!えらいぞ、私!!)
 大声で威張りたい気分だったが、「それは当たり前のことです」と言われることくらいは解っているので敢えて口には出さない。
 椅子を回転させるとギシリと音を立てて背後の窓に躰を向ける。背もたれに躯を預け窓を見上げれば澄み渡る青い、青い空。
――久しぶりの晴天だ。こんな日は外でさぼ…休憩すれば、さぞや気持ちが良いだろうな。

 ポカポカとした陽気に誘われるように、ロイは窓を大きく開けた。





 ロイの執務室に続く大部屋は、ホークアイを除く直属の部下4人がデスクワークに勤しんでいた。
 肉体労働系のハボックは長身を丸めるような体勢で机にかじりつき、苦手な書類作成に励んでいた。字が汚いと、「読めん!書き直し!」と嬉々としてのたまう上司がいるので、出来るだけ丁寧に書く。
 昼休みも大分過ぎ、ポカポカ陽気にダレた空気、誰もが倦怠感と眠気を感じ始めた頃、眠気も吹っ飛ぶ音が響いた。

『ずるべしゃどんっごっずべしゃあぁ!』

 擬音にするとそんな音が、あろうことかロイの執務室の方角から聞こえたのだ。
 色めき立ち4人が一斉に立ち上がった。ドアに近く、現場慣れしているハボックとブレダの行動は素速かった。音の余韻が消えさる前にはドアを挟んで壁に背中をつけ、ホルスターに手を掛けていた。
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