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□少尉さんのそれさえもおそらくは幸せな日々
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【少尉さんのそれさえも恐らくは幸せな日々】



 中央からイーストシティへ出張でやって来るたび、ヒューズがついでとばかりに(しかも何の連絡もなく)親友の家を訪れるのはいつものことだった。大抵そのまま泊まって、二人で飲み明かしてしまう。
「土産だ!」と手に提げてきた酒瓶も、もともとマスタング邸にあった何本かの酒と共に、すでに空となってテーブルの上に転がっていた。
 何故か居たハボックに何種類かのつまみを作らせ、それがまた美味いものだから酒がすすむ。
 せびられて渋々だしてきたロイ秘蔵の高級酒も瞬く間に減っていった。

「あれ? もう終わりか?」
 ハボックなどは見たことすらない『何だかお高価そうな酒』瓶をヒューズが手酌で逆さにしても、雫が1滴ぽちゃりと落ちるだけで、グラスには指2本分にやや足りないほどの琥珀色の液体。
「飲みすぎだ、ヒューズ。高かったんだぞ。それ一杯でいくらすると思ってるんだ?」
「いくらするんだ?」
「…いくらだったかな……」
 せこいことを言う割に大雑把で、経済観念が丼勘定なところがあるロイが眉根を寄せたまま小首を傾げた。どのみち貰い物か貢ぎ物だろう。自腹でなければ金額も分からない。
 その1杯で何千センズか何万センズになるのか分からないグラスに氷を放り込むと水で割り、ヒューズが無造作に煽った。
 最後の酒が尽きてしまった。
「おい、ワンコ!おめえは無ぇのか、秘蔵の酒!」
「あんたにワンコ呼ばわりされる云われないっス……まぁ無くはないですけど」
「おぅ、んじゃ持って来い!」
「はぁ…」
 何で私の家にハボックが酒を隠し持っているのだ?とのロイの尤もな疑問に答えることなく、ハボックはキッチンへと消えていった。
「なかなか気が利くし、飯も美味いし、いい犬を飼ってるなあ、ロイ!」
「まあな」
 完全に犬扱いする非道い上官だが、子飼いの部下が誉められるのは満更でもないらしい。白せきの頬を酔いに染めて、薄く微笑む。
 すぐに3本の瓶を抱えてハボックが戻ってきた。
 テーブルの上にドン!と置く。
「はい、どーぞ」
「…少尉。これは…?」
「左から料理酒、本みりん、ワインビネガーです!」
「「………」」
 半瞬、空気が凍ったかのような静寂が落ちた。

「どうだ、外で飲み直さねえか、ロイ?」
「ああ、そうだな」
「えっ!? ちょっ…そこは突っ込むトコロでしょ!?」
「こないだ行った店にしないか?」
「ああ、いいな。あそこはオールドボトルの品揃えがいい」
「無視かよ!?」
 キャンキャン吠える大型犬の、声どころか姿さえも視界から外して、この室内には自分たち二人だけしかいないかのように振る舞う。
 犬の躾は飴と鞭。良いことをした時は褒めちぎり、悪いことをした時は叱るのではなくシカトにかぎる。
「飼い犬の躾がなってないな、マスタング大佐?」
「飼った覚えはないな。あれは『野良』だ、ヒューズ中佐」
「ひでぇっ!ちょっとしたお茶目じゃないっすか!」
 酒精摂取過多の上官に『飲み過ぎだ』とやんわり咎める意味合いもあったのに。
「笑えねぇジョークだな。上官侮辱罪で引っ張るか」
「いいぞ。許可する」
「い…?!」
「嫌なら酒買ってこーい!」
「我々を質量ともに満足させるだけの物だぞ!」
「とーぜん少尉の自腹!」
「無論だな!」
「さっ…佐官が二人して、たかが少尉にたからんで下さいよ!!」
 叫ぶように訴えてからハッとする。
「もしかして…あんたら無茶苦茶酔ってんでしょ!?」
「「酔ってなーい!!」」

 酔っ払いの常套句を息ピッタリにハモられて、ハボックの肩ががくりと落ちた。
 二人とも見た目はうっすら頬が紅潮した程度で口調もしっかりしていたので気が付かなかったが、空になったウィスキーやワイン、ブランデーといった計5本の酒瓶の中身は殆どがこの上官たちの胃の腑へ流し込まれていっていた。
 料理を作りながら、時折ご相伴にあずかっていたハボックの消費量は1本にも満たない。
 ヒューズの土産品とロイの秘蔵酒以外は既に封が切られていたため、3人で丸々5本を空けたわけではないにしても、結構な酒量だった。
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