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□秘密の恋人
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 俺の当然といえば当然な質問にまたもや中尉はチラリと大佐の空の机を見やってから、どう答えたものかと考えているようだった。
 数秒の沈黙。
 黙って中尉の言葉を待つ俺。
 仕事をしながら何事かとこちらを窺うブレダ、ファルマン、フュリー(実は全員いた)。
「……そうそう、貴方、大佐の錬金術の師匠のことをご存知かしら?」
「…………はい?」
 たっぷり数秒の間をあけて語りだした中尉の言葉の意味が分からず、俺は随分間抜け面を晒してしまったように思う。
 何で急に大佐の(しかも師匠の)話を?俺の恋人の話をしてたのに?
 いや、俺的には勿論、恋人=大佐なので問題ないが、そのことを知らない筈の中尉が何故いきなり大佐の話を…?
「まだ大佐が士官学校に入る前に、とある錬金術師に弟子入りをしたのよ」
「はあ…」
 訳が分からぬまでも話を聞く気になったのは、俺の知らない『恋人』の過去が気になったから。
「大佐はそれはそれは熱心に通い詰めたの…詰めたそうよ。それこそほぼ毎日。しかも熱中すると時間が経つのも忘れて夜遅くなることもあった、そうよ。そんな時は夕食をご馳走になって泊まる事もしばしばだったとか…」
「へぇ…」
 さもありなん、と内心頷くと同時に胸をチリリとくすぶらせるのは嫉妬の炎。
 俺の知らない大佐の秘密(別に秘密にしている訳じゃないかもしれないが)を中尉が知っているのはやはりいい気分じゃない。大佐は中尉とはこういった話もするんだろうか。
 俺しか知らない大佐との『秘密』をもっともっと増やしたい。増やさねば。増やすぞコンチクショー。
「ある日、大佐がいつものように師匠の家を訪れた時、沢山の食材を抱えてきたことがあって、」
「食材?」
「ええ、いつもお世話になっているお礼に今日は自分で食事の準備をします。と……多分気を遣われたのでしょうね。うち…その家は貧乏が裸足で逃げ出すほどの赤貧ぶりだったから、だそうよ」
「ああ…大佐らしいっすねえ…」
 俺の知らないロイ少年は今と変わらず優しい心の持ち主だったらしい。さすが俺の大佐。しかし何故中尉が大佐の過去話を始めたのかは未だにさっぱり分からない。
「早速料理を始めようとする大佐に、その師匠の娘が手伝うと申し出たんだけど…言い忘れていたけど、その家には大佐より少し年下のお嬢さんがいてね、母を早くになくしていてその家の家事一切を取り仕切っ」
「あー…それで?大佐はそれからどうしたんすか?」
 まさかとは思うがその家のお嬢さんとロイ少年のラブロマンスでも聞かされるんじゃなかろうな。そんな危惧を抱いて中尉のセリフをカットするかのように口を挟んだ。
 知りたい。けど知りたくない。
 狭量な俺の舌が勝手に動いたのだ。
 中尉は特に気分を害した様子もなく話を続けてくれた。
「『いいから、たまにはゆっくりしていなさい』とその娘をキッチンから追い出して」

 その時大佐は何をつくったんだろうなー。

「待つこと30分」

 今日大佐は何をつくってくれるんだろうなー。

「家がキッチンを中心に半壊したわ」

 そうかはんかいかー。

「…は?」
「半、壊。したのよ」

 返す言葉に詰まる俺に、中尉は同じセリフを区切りながらゆっくりと繰り返した。
 聞き漏らした訳じゃない。意味がわか…いや、途中説明の何行かすっ飛ばしてませんか中尉?料理をした、の次の行がなんでキッチン半壊?!
「そ…れで大佐は?」
「無傷だったわ。爆発が起きた時キッチンから離れていたから。それぞれの自室にいた父娘も部屋がキッチンから離れていたから無事」
「爆発…」

 
 
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