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□いただきます。
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「あーん…」
雛のように口をぱかりと開けて、オムライスが口に運ばれるのを待つBだったが。
狙い澄ましたようなタイミングで厨房の扉が開き、今一番この光景を見られたくない人物がそこに立っていた。
「……っ?!セバッ」
「ハニー!」
「……お邪魔だったか?」
二人分特盛りランチを挟んで向かい合わせに座った一方がスプーンでライスを運び、もう一方が口を開けているという言い訳の効かない体勢のままでいる2人を屋敷の執事はジロリと見下ろした。
「おかえり、ハニー」
セバスチャンの剣呑な視線にも気づかぬ様子で、デイビッドは満面の笑みを浮かべた。にこにこにこ。ハニーが帰ってきて超うれしい。にこにこにこ。
いまだスプーンをBの口元まで持っていった体勢のままだったが。
「ハニー、ランチたべ…」
「俺は邪魔なようだから失礼する。構わず続きをしてくれ」
「え?ハニー?」
「セバスチャン!」
くるりときびすを返すと厨房を出ていってしまう。最後に酷く傷ついた瞳の色を残して。
「デ、デイビッドさん!早く追いかけないと。誤解されてますよ!」
「え?…あ!」
やっと目撃されてしまった己の言動の状況に気付いたらしい。デイビッドがスプーンを置いて慌てて立ち上がると大声で叫んだ。
「待ってくれ、ハニー!違うんだ!B君とはただの遊びだ!」
「ちょっ…!?デイビッドさん!誤解されるようなこと叫びながら行かないでー!!」
正確に言えば『B君とは(B君をハニーに見立てて食べさせ合いっこした)ただの(ゴッコ)遊びだ』。
絶妙な省略かげんに新たな誤解が生まれるのをおそれたBが慌てて扉を開いた。
同じ人類であることを疑うような身体能力を持つ二人であるので、てっきりすでに姿が見えなくなっているとばかり思えば、厨房の扉を開けたすぐ前の廊下に立っていて、Bは慌てて扉の陰に隠れた。
デバガメるつもりはさらさら無かったが、扉の前に立たれては出て行く事も出来ず、聞くともなしに声が耳に届く。
「ハニー、待ってってば。ハニー」
「うるさい。離せ」
デイビッドの右手が背後からセバスチャンの左手首をしっかりと掴んでいた。
「ね、ご飯食べよ?ハニーが早めに帰ってくるかもって俺食べずに待ってたんだ」
「嘘だ」
「嘘じゃ…」
「Bに食べさせようとしていた」
「あれは…」
「Bのことを『ハニー』って呼んでいた」
「だからあれは…、」
「…もう、いい」
「よくない!よくないぞ、ハニー!」
わたわたと慌てるデイビッド。扉の陰ではBがあわあわと顔面蒼白になっていた。まるで間男な立場になってしまった己の迂闊さを呪った。
逃げたい逃げたい今すぐ此処から消えて無くなりたい馬に蹴られてどこかに跳ばされてしまいたい。
そんなことを考えながら、厨房の小さな明かり取り窓から抜け出せないかと、軟体人間ビックリショー並のスキルが必要な脱出法を本気で試そうかと思いかけた。そこにセバスチャンの恨み言とも拗ねているとも取れる声音とデイビッドの困りつつもどこか嬉しげな相槌が耳に入る。
思ったより早く片付いたし丁度昼時だからどこかその辺の店で食べようと思ったんだ。
うんうん。
…でも、どこの店もあまり美味そうに見えないし、やはりお前の作る食事が俺の知る限り一番美味いし…。
うんうん。
昼食の時間には間に合わないし、いらないと言ったから俺の分の用意はないだろうが、
そんなことないぞぉ。
余りものでも、ありあわせでもいいから、頼めば何か作ってくれるだろうから、お前の顔を見ながら食べようと急いで帰ってきたんだ。
うんうん。
それなのに何だ!空きっ腹でやっと帰ってくればお前は楽しそうな表情でBに『ーん』なんてやってるし、しかも…
ハニー、ハニー。
…そうやって、誰にでも『ハニー』なんて呼ぶのかお前は。
ハニー。俺のハニーはハニーだけだよ。
………。
ハニー?ね、顔上げて?
………。
居たたまれない気分になって、Bは扉からそっと離れた。きちんと扉を閉めたわけではないが、それだけで話の内容までは聞き取れなくなる。
(なんだなんだなんなんだ?!あれはホントにセバスチャンなのか!!?)
もしかしなくても、上司が自分のような下っ端に嫉妬しているらしいという事実と、それを甘えの含んだ拗ねた口振りで訴える声に、Bは信じられない思いだった。有り得ない!とエンドレスで(心の中で)叫びながら、しかしその行動は意外に素早く冷静だった。