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□ご主人様を待つわんこ
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【ご主人様を待つわんこ】



 そこは東方司令部にほど近い、とあるカフェ。のテラス席。

(大佐まだかなまだかなまだかなーー?)

 体中でリズムを取りながら自作の鼻歌を奏でる長身の怪しい男がいた。

(『デートするなら普通の恋人同士みたいに外で待ち合わせしてみたい』なんて、大佐はほーんとかんわいいこと言うよなー)

 その男、ジャン・ハボックがカフェの主たる女性客(及び店員にすら)引かれ遠巻きにされているのは、体格の良い男が醸す雰囲気やそのリズム、鼻歌だけでなく、崩壊寸前といったその顔にあるだろう。
 ニヤニヤ、ヘラヘラ、はふはふ、うふふふ…。
 ようはニヤついているのだが、その表情はハッキリ言ってしまえば『気色悪い』の一言だった。
 このにやけ男が士官学校出の所謂エリート軍人だとは、誰も思わないだろう。

(あ〜〜楽しみすぎてちょーっと早く来すぎちゃったなあー)

 ちなみにハボックがこのカフェに到着したのは『ちょっと早く』2時間半前。コーヒー1杯でこんな客に居座られた店もいい迷惑だ。

(正門はあっちだし、道のあっち側から歩いてくるはず。…なんだけど)
 正門へと続くカフェ正面の道に向かって座ったハボックは、長身を真っ直ぐに起こし首を伸ばして司令部の方向を覗く。

(それとも意表をついて裏門からくるとか!?)

 ぐりん!と音が出そうな勢いで振り返り裏門へ続く通り道を見た。その視線を遮る邪魔な客はいない。何回目かの同じ動作をした時に、後方に座っていた女性客は泣きそうな怯えた表情で席を立ってしまったからだ。

(いやいや急な外出が入って市街地から直接来るかも?!)

 ガタガタと椅子ごと向き直る、その方向にも客はいない。理由は同上。

 店は角地に建ち、テラス席からは3方を見渡せた。正面の大通りはそのまま真っ直ぐ歩けば司令部正門まで1本道、3分ほどだ。
 ロイがこちらから来る確率が最も高い為この向きに座ってはいるが、あらゆる可能性を考慮して3方に目を配る。キョロキョロと落ち着かないことこの上ない。

(それにしても遅いな。…急な残業か、まさか…誘拐!?それともテロ!!?)

 途端に顔色を青くしてオロオロし始めた。もはや店員さえ見て見ぬ振りだ。
 
(ああああああ!やっぱり迎えに行けばよかったー!大佐にっ大佐にもしもの事があったら…っ、いや今からでも遅くない迎えに行こう俺!行くんだジャン・ハボック!)

 わたわたと慌てた様子で立ち上がる。もの凄い勢いで、椅子が後ろに倒れ、店中に派手な音を響かせた。
「あ……?」
 その挙動がぴたりと止まった。

(大佐だー!!!)

 足音か匂いにか、はたまた気配を感じ取ったか。まだ姿を見せない恋人の訪れを予感した大型犬は、見えない尻尾をぶぁっさぶぁっさと盛大に振りたてた。

 街灯の仄かな灯りに照らされて漆黒の気を纏った佳麗な男が現れた。
 ロイ・マスタング。階級は大佐。焔の錬金術師。そしてジャン・ハボックの秘密の恋人だ。
「た……っ、と。ここですよ、ここー!」
 うっかり大声で身分を衆知させる愚を犯しかけ、すんでのところで踏みとどまった。
 しかし呼び掛けられた方は気付いていないのか、表情筋を一筋も動かすこともなく、歩みを緩めることすらなかった。
「たぃ……えっとぉ…?」
 予想通り正門に通ずる道を歩いてきたロイは些かも歩調を緩めることなく、ハボックの目の前を通り過ぎた。


 
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