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□きみのためにできること
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【きみのためにできること】



「はい、終わりましたよ」
「……」
「何で口きいてくれないんですか」
「………」
「逆ギレ?」
「………」
「……大佐?」
「………」





 軍用車をビュンビュン飛ばしてちゃんと停めるのももどかしく飛び降り階段を駆け上がり扉を叩き壊さんばかりに部屋に転がり込んだ俺を迎えたのは。


 綺麗に整頓された部屋。
 テーブルの上には頑張った感溢れる手作り料理。
 取り込んだ洗濯物を畳んでいた手を止めた大佐がニッコリ微笑み「お帰り、ハボック」。







 だったらどんなに良かったか。
 ………さようなら、男のロマン!

 俺を迎えたのは朝出掛ける時より遥かに散らかりまくった狭い部屋。(空き巣に入られたのかと思った)

 耳障りな異音を奏でる洗濯機。(ガッツンゴッツン何かがぶつかる音が…)

 そして何より。

 ガスの炎を最大にしたまま放置された油鍋。…に背を向け難しい顔で料理の本を睨みつけている大佐。の、手が。あろうことか両手が。軍人にしては柔らかくて白くてほっそりとした俺の大好きな手が。


 血塗れだった。


「何してんすかっあんたっ?!!」
「…お帰り、ハボック」

 そのセリフだけは夢(妄想)のままだった。





 慌ててガスの火を止め、洗濯を強制終了し、薬箱を手繰り寄せ、ここに至るまでの状況説明を訥々と語る大佐の両手を鷲掴む。
 両掌の手当てをされながら俺の説教を喰らった大佐はみるみる不機嫌になっていった。今では返事どころか眼も合わせてくれない。

「色物と白いシャツを一緒に洗っちゃ駄目です」
「………」
「ベルトとか、カバンも洗濯機に入れない」
「………」
「軍靴なんてもってのほかです」
「………」
「あと揚げ鍋に火をかけている時は鍋から目を離しちゃ駄目です」
「………」
「…にしてもどういう包丁の持ち方したら両方の手を切るんですか?器用なんだか不器用なんだか…」
「……うるさい」
 久々のお返事は随分と潤いの無いもので。
「上手く皮が剥けなかったから、左手の方がひょっとして上手に出来るんじゃないかと思って試しただけだ」
「…なんでそんな風に考えんですか」
「実際左手で剥いたのは右手のと比べて遜色ないぞ?」
「それは右手でやったのが左手並に下手だったってことです…」
「………」
 何だか疲れてしまって深く長い溜息を洩らすと、少し不安げに瞳を揺らして大佐が見上げてきた。
「…怒っているのかハボック?」
「えぇえ、怒ってますよ。……服が駄目になろうが部屋が荒らされようが台所が爆発してアパートが倒壊しようが構わないんですけどね、」
「構うだろう」
「構いませんよ。…あんたさえ、無事なら。あんたが怪我したから怒ってるんです」
「…危険な思考だな。このアパートにはお前以外の住人も居るのだろう?」
「……言葉の綾です。すいません」
 心の底からの本音だったが、素直に謝っておいた。
 自分が助かれば他はどうなっても良いというのはこの人の忌み嫌う考え方だ。
 そもそも『俺以外のアパートの住人』を危機一髪な目に遭わせたのは大佐ご本人だというのはさて置き。
「あんた手が商売道具なんだから……あああこんな指先切っちゃって。指パッチンしたら痛いでしょうが」
「このくらい平気だ」
「俺が平気じゃないですよ……もう」
「でもペンは痛くて持てないかもしれない」
「あんたね…」
 大真面目な顔で冗談(だよな?)を言う大佐の絆創膏と包帯だらけの両手を俺の両手で包み込む。


 
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