短編[gift]

□天使じゃなくたって
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『ねえ、待つとは言ったけど』

練習が終わり、片付けも終え、帰路に着く頃。
イブに話しかければ、きゅっと口を噤んだ。
正直、好き嫌いという以前に、イブは自分の気持ちを自分にさえ嘘吐いてる気がすんだよなあ。
友情でも、愛情でも、構わない。
ストレートな君の気持ちが知りたいのに。
瞳には、迷いの色。

『…イブさ、』
「なんだよ」

瞳を真っ直ぐ見据えれば、少し怯えたように瞳が揺れる。
別に、脅かしてるわけじゃねえんだけど。

『僕のこと、好きでも嫌いでもいい…でも、自分に嘘吐くなよ』
「は?別に、嘘なんて…」
『吐いてる』

少し強めに言えば、ぱっと目を逸らされた。
それが少し寂しくて、僕も暮れる夕陽に視線を移した。

『わかるんだ…目を見れば』

一ヶ所に留まった生活なんて、今までしたことなかった。
だから、何が詭弁で本当かなんてわかるようになったんだ。
僕が、ただ過ぎ去る存在だったから。
吹き抜ける風のように、留まることなく去っていく。

「…ミトラ?」
『ん、何?』

できるだけ、優しく言えばバツが悪そうな顔をして俯くイブ。

「…お前が、どっか行っちゃいそうで」


怖かった。



その一言がイブにとってどれだけ勇気のいる一言だったのかなんて、震える声でわかる。
僕を失うことを恐れている。
あのさ、それって…

『その発言、僕自惚れてもいい?』
「なっ…べべべ別にそういうわけじゃ、」
『超動揺しってけどな』
「うっ、」
『…ははっ』
「何笑ってんだよ!」

くすっと笑って、そっとイブの手をとって歩き出す。
その足は少しだけ軽やかで。

『やっぱ好きだなあって』
「ば、バカ!」
『“伊吹ちゃん”ってば照れちゃって、かーわいい』
「ちゃん付けすんなっつってんだろ!」

横でぎゃんぎゃん怒ってるけど、イブは繋いでいる手を解こうとはしなかった。
ホントに可愛いよな、そういうとこ。

『ねえ、イブ』
「んだよ」
『もしかして、僕のこと失うとかそういうつまんないことで悩んでんの?』
「つまんなくなんかっ…」
『ああ、やっぱそうんなんだ?』
「あ、」

繋いでる手に少しだけ力を込めた。

『前に、時雨ちゃんが言ってたんだけどさ』
「…時雨さん?」
『そ、時雨ちゃん曰く、影や闇が悪だなんてそんなの誰が決めたんだって、影だって、闇だって大切なものを守るための力であって、時雨ちゃん自身の個性だったんだって』
「……個性、」
『うん、でさ、思ったんだ。イブのいう死神だって仲間を守れるし、それがイブの個性なんだよなあって』
「ミトラ、」

イブの手の甲にちゅっと、キスを落とす。
少しだけ顔を赤らめる。
慣れないよな…これ。まあ、可愛いからいいけどさ。

『天使じゃなくたっていいじゃん、死神だって幸せになれるし、幸せになるべきだって僕は思うね』
「そんなこと、」
『なんだったら、僕が幸せにしてやんよ…この泣く子も笑う道化師がさ』
「…幸せに、」
『うん、死神が自分の幸せ願ったっていいじゃんか』
「でも、」
『まだ文句言うのはこのクチか!』
「っ、んんっ!?」

まだ続けるイブの口を口で塞ぐ。
これ以上、自分のこと貶すなんて許さない。
僕は君が好きだから、自分を傷つける君の言葉からも君を守りたい。

「み、とら…」
『必ず幸せにするから、いつだって笑顔にするから…だから、僕に付いて来いよ』
「…本当にオレでいいのか?お前のこと、不幸にするかもしれないのに」
『その程度、アンタを守るためなら余裕で乗り越えてやる…絶対に』

腕を引っ張って、苦しいくらいに抱きしめる。
イブも背中に手を回してくれて、抱きついてくれた。

「ミトラ、」
『なに、イブ』
「オレも…オレも、お前のステージに連れてって、くれないか?」
『いーよ、連れてってあげる…僕のお姫様、ともにワルツを踊ろうか』
「ああ」

自然に唇を重ね合う。
どちらからともなく、ただひとつに。
好き、大好き、愛してる、愛おしい…全然言葉なんかじゃ足りない。
だから、もう言葉なんていらない。

君を幸せにする、ただそれだけなんだ。





踊り狂おう、この恋を






(天使じゃなくたって、幸福になれるんだぜ)
(そうらしいな)
(イブ)
(ん?)
(好き、大好き、ラビュー、ウォーアイニー、じゅてぇ…)
(は、恥ずかしいから連呼すな、バカ!)






fin
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