海路
□科学の時間【ウサビ】
2ページ/3ページ
「あれぇ?ベネッタさん、どうしたんですか?元気ないですねぇ」
ああ、唯一優しい言葉をかけてくれる天使様だ・・・。
と彼が思ったのかどうかは定かではないが、その言葉に目を潤ませて。
駄目元ではあるが話してみることにした。
「あー・・・お気の毒に、ベネッタさんお辛いでしょうね・・・」
一緒になって悲しんでくれるこの囚人に癒されながら溜め息をつく。
すると口にくわえていたホイッスルが「ぴー」とやる気のない音を出した。
「炭素か水素で熱すればいい」
ふと、一瞬その声が誰のものか分からずに首を傾げた。
その後にプーチンが「ネンコさん」と言ってくれなければ空耳だと思ってしまっただろう。
それほど隣の真っ赤な死刑囚・・・キレネンコが喋るのは珍しい事だった。
「炭素か水素って・・・一体どう言う事ですか?ネンコさん」
すると雑誌を閉じて、説明してやるから聞きやがれ、と言いたげな目でベネッタを見た後、淡々とした口調で話し始めた。
「還元だ、酸化するのは銀が空気中の酸素と化学反応を起すから・・・だったら水素等で満たした試験官に銀を入れて熱すれば・・・」
「あぁ!銀とくっ付いた酸素が水素とくっ付いて空気になるわけですね!!」
「・・・」
それ以上キレネンコは何も言おうとせず。
また雑誌を読み始めてしまった。
しかしお前等頭良いな。
どんな教育受けてきたんだよ・・・。
頭が悪いのは君だよベネッタ君、とは作者は言えない事実。
仕方ないのでそのまま物語を進行させることにする。
「そっかぁ!水素だったら薬局で簡単に手に入るぜ!これでもう大丈夫だぁ!!!」
喜びに浮かれるベネッタ。
しかし。
プーチンはふとある事に気付いた。
「あの、ベネッタさん」
「んー?なんだ541番」
言って良いのか?と一瞬の躊躇いがあったが、言わないほうが酷だと思いポツリと小さな声で訊いた。
「ガラス管とか、試験官、ガスバーナーにピンセット・・・その他もろもろの化学実験用機材が必要なんですが・・・大丈夫なんですか?」
看守。
沈黙。
そして撃沈。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!!!もう駄目だぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!」
せっかく掴んだ蜘蛛の糸だったのに。
根元からぷっつりと切れてしまった。
「もうヤダ、鬱だ、死のう・・・」
ベネッタはどっかで聞いたことのある台詞を呟きながら口から白い魂の様なものを出す始末。
どうしようどうしよう、とお人よしのプーチンは慌てふためいてしまう。
すると。
「うがい薬」
雑誌で口元が隠されて、くぐもった声であったがプーチンはその単語をはっきりと聞いた。
そして思いつく。
「看守さん!いけるかもしれませんよ!!」
「・・・へ?」
「指輪とうがい薬の原液持ってきてください!もしかしたら!」
そのもしかしたらにベネッタの瞳が輝いた。
最後の、賭けである!
「わっ!わかった!!」
全速力でうがい薬、もといヨードチンキを取りに走るベネッタ。
2人残されて静かになった独房内ではプーチンが感謝を表すようにキレネンコの額にそっと唇を落とした。