海路

□科学の時間【ウサビ】
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看守5人兄弟がよくたむろす休憩所で、ベネッタは1人頭を抱えて唸っていた。

その後ろでは「諦めろ」と言いたげな顔をした残りの4人が立っている。

さて。

ベネッタは一体何をしたのか?

答えは簡単。

「馬鹿野郎が、何で純銀の指輪を太陽光に晒しやがったんだ」
「しかも触ったら拭かないしね」
「酸化して当然だ」
「まっ科学の成績だけは抜群に悪かったもんな、兄貴は」

そう。
彼は本命の彼女にプロポーズするべくコツコツと貯金して買った純銀の指輪を酸化させてしまったのだ。

「表面が硫化銀になってもう研磨しても駄目そうだ、無駄な部分だけ削れそうだな」
「そんなぁ!!ネーチェ兄貴!そんな言い方ないだろう!!?」

目に涙を溜めて。
鼻を啜るベネッタ。

「だって!300万ダラー(日本円で約900万円)したんだぜ!?貯金はスッカラカンだし俺はもうどうしたらいぃんだぁぁぁぁ!!!」

絶望に身を捩る4男。
それを見て1、2、3、5男は顔を見合わせて呆れるしかできなかった。

「とにかく今回はお前が悪い、プロポーズは先延ばしにするんだな」

涙や鼻水でぐっちゃぐちゃになった顔を上げて厳しいネーチェの言葉に打ちひしがれてしまった。

「ぞんな゙ぁ゙!!オルガぢゃんどの距離どれだげぢぢまっだど思っでんだよぉぉ!!!」

大の大人がみっともない。
兄弟は何故こんな奴が5つ子の1人なのかと疑い始めた。
レイコブは食事の支給の為にそそくさとその場を離れたが。
どうも弟の危機を助けてやりたいのか、チラチラと後ろを気にしながら歩いていった。

「んだぁ?おめぇらどした?」

レイコブと入れ違いに、労働担当のロウドフが鞭のグリップの握り具合が気になるのか、グーパーグーパしながら歩いてきた。

真っ赤な髪をスポーツ刈りにし。
体はキチンと鍛えられている。
両肩に入った南米風の刺青に耳と唇には小さな丸ピアス。
年齢は監獄扉組の中では最年長だが若く見える。

彼は息子の様なポジションのカンシュコフsが何か困っているような事を察知し、心配そうな顔付きをして訊いて来たが、事情を聞けば豪快に笑い始めてしまったのだ。

「ぁぁぁ!ロウドフさんも敵なんだ!」

と泣きすぎて真っ赤な顔をもっと真っ赤にして本気で泣き始めようとする。

それに気付いてロウドフは「すまねぇすまねぇ」と彼の頭を撫でながら謝る。

「いやぁ俺の若い頃にそっくりだったもんでついな!俺も気に入ってた女に真珠の指輪をやろうとしたら指の皮脂で光沢消えちまってなぁ!だけどソビエトが超インフレーションだった時代だったから買い直したって思い出が甦っただけさ」

頭を撫でられながらブツブツとベネッタは「その時代に生まれりゃ良かった」と叶わぬ夢を呟いていた。

「いやぁ酸化しちまった銀は俺でもどーしょーもねーな・・・お!ゼニロフ!暇だったら俺の可愛い子供にちょっとオメェの知恵を貸してくれねぇか?」

キッチリとファイルに収められた書類を運ぶゼニロフを引き止めるロウドフ。
ゼニロフはミントグリーンの長い髪の毛を翻し、丸眼鏡のずれを直しながら鋭い双眸で「手短にお願いします」
と言った。

ロウドフは事情を説明すると、彼はろくに表情も変えないまま。

「それは私にも無理な相談ですね」

その相談を軽くあしらってしまった。

冷たい氷河期の様な声色でそう言われた為にベネッタはもう石化するしかない。

「オルガぢゃん・・・オルガぢゃん・・・」

うわ言の様に彼女の名前を呼び続けるベネッタ。

止めを刺したゼニロフは何も言わずに休憩所奥の管理課に書類を届けに行ってしまった。

これにはロウドフも頭を掻くしか出来ない。

「おいベネッタ、40分だから食後の運動の時間じゃねーのか?」

イワンにそう言われて。
仕事癖が染み付いてしまったベネッタは。
燃え尽きて、真っ白になってしまった体を引きずり。
トボトボとホイッスルと警棒を持ちながら囚人達がいる独房へと歩いていくのであった。

「モヤダ・・・モヤダ・・・シニタイ・・・シニタイ・・・オレナンテ、キエチマエバイインダ・・・」

途中すれ違ったショケイスキーは、彼のその姿を見て呟いた。

「ご利用は何時でもドウゾ・・・」
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