サイドストーリー

□Chocolate envy
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「雄飛!ウィン隊長!」

朝日が入り込む警役所のエントランス。
雄飛とウィンはレティアのウキウキした声に振り返った。

いつも必ず自分達より早く出勤している彼女が、今日は珍しく遅い。
右手にバッグ、左手に紙袋を持って走り寄ってくる。

「おはようレティア。珍しいね、寝坊?」

「とはいっても、充分早い時間だけどな」

「昨日の夜これ作ってたから寝るの遅くて。ついつい、ね」

苦笑を浮かべて紙袋を持ち上げる。
ふわりとそこから甘い匂いが漂ってきた時、雄飛は『あぁ』と納得した。


「今日はバレンタインですもの」



【Chocolate envy!】





「手が込んでるよなぁ」

渡されたチョコレートをまじまじと眺める。
それはウィンと雄飛だけでなく、リーとアッシュも同様だ。
中身は変わらずとも、機動隊の大人数に1人1人違う包装をするとは何とも健気である。

「レティアは変なとこで女らしいもんな」

アッシュがボソリと呟いた言葉に、そこにいた全員が頷いた。


「隊長」

そこに、副隊長アイルの声が割り込む。
部署のドアから顔を覗かせるアイルに、4人の視線が一気に集まった。


夜勤明けで無精髭のアイルは、自分に集まった視線を軽く受け流しウィンに向けてニヤリとした笑みを浮かべる。

「お呼びですよ。他の部署の女性方がね」

「…用件は?」

「さぁ」

「仕事以外の話なら廊下で断ってくれ、副隊長」

「酷いなぁ。俺に一気に敵意が向けられたじゃないですか。ハイハイ、押さない押さない」

どうやらドアを完全に開けていないのは、これでも一応女達を抑えているんだ…という彼の意識の現れらしい。
苦い溜息を吐いたウィンは、チラリと雄飛を見た。

「……………」

毎年の事だ。
慣れてはいる。
が、気にくわないものは気にくわない…といった表情を浮かべていた雄飛は、その視線を受けて内心焦った。
何でも無い風を装って、ついと恋人から視線を逸らす。

「いいじゃん。貰ってあげれば?」

「食べないもの貰ったってしょうがないだろ」

「でも何だかんだ、毎年ワインのつまみにしたりして食べてるよな」

「…………」

「何だよ、俺に気使う事無いだろ。せっかくなんだし、貰ってくれば?」


バレンタインなんだし、と。
特に怒りは感じられないが、何となくそっけない雄飛の声にウィンは傍の部下2人に困ったような視線を向けた。
リーとアッシュは『我関せず』と上司から目を逸らす。

「…しょうがねぇな」

このままでも収拾がつかない。
ウィンは仕方なく、廊下へと向かった。


「モテるのも考えもんだな」

代わりに部屋に入ってきたアイルがぼやく。
リーが苦笑して相槌を打てば、雄飛がここぞとばかりにアイルを睨んだ。

「アイル副隊長、一応男なんですから数人の女の人くらい帰せるでしょう」

「お前ー、女の恐さを知らないからそんな事が言えるんだ」

「知ってますよ、女の人が恐いことくらい」

姉を思い出しながらそう返す。
だがアイルは首を横に振り、ついでオヤジ臭い笑みを浮かべて雄飛を見下ろした。

「大体、私的な事で俺に止める権利は無いからな。それに黒崎、そういうならお前があの女性陣を止めてみろ。男だろ?」

「……〜っ」

「ま、心配せずともあの隊長なら上手く躱(カ)わすだろ。女慣れしてそうだからな」

ははは、と軽くアイルが放った言葉に雄飛が静かにピシリと固まった。


気付いたリーとアッシュが何かフォローをと思考をフル回転させている間に、雄飛は音も無く立ち上がり、パタリと部署を出て行った。

「お、何だ、止める気になったのか」

「…違うと思いますよ副隊長」

「そうか?…ん、おぉ俺のデスクにチョコレート。サファイアも健気で可愛いなー」

一発でレティアからだと分かったアイルを横目に、リーとアッシュは小さく溜め息を吐く。

「…俺、今年も雄飛が“疲れて”帰ってくるに100」

「いや、今年はウィン隊長が家まで我慢するに200」

雄飛が何で疲れて、ウィンが何を我慢するのかは互いに口にしない。

2人はこっそりと財布から貨幣を取り出した。

これも、毎年のことだ。


* * * * * * *


「おう、雄飛」

横から声を掛けられて、廊下を黙々とあるいていた雄飛は足を止めて視線を向けた。
それと同時に眉を寄せて怪訝な表情を浮かべる。

どうしてこうも、自分の周りはモテるんだ。

「…兄ちゃん、キア」
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