サイドストーリー

□涙の味
1ページ/8ページ



「お前も来いよ。こんなちっぽけな村なんか出て、自由に生きようぜ」

「───…」

俺が差し出した手を、シュウは握り返してきた。
血に濡れた俺の頬にそっと指を添え、拭き取る様になでる。

「…怖くないかな。外」

「怖くなんかねぇよ」

見知らぬ土地に何があるのか、どんな世界があるのか、俺もこいつも知らないけれど。
知らないままこんな小さな村で一生を過ごすなんて、まっぴらだ。



【涙の味】



手を繋いで林の中を駆け抜けて。
行き着いた先は何本にも分かれた道。
随分走ったような気がしたが、実際にはそれほど距離を進んだわけじゃないのかもしれない。
その証拠に、後ろから人の声が聞こえてきた。

「……たくさん来るね」

隣でシュウが不安げに言う。
きっと、村のヤツラが気付いて追って来たんだ。

俺達を心配してじゃない。
人殺しの犯人と、労働者を追って来たのだ。

俺やシュウはこの先、村の労働者となるはずだった。
毎日朝早く起きて、飯も食わずに夜まで働いて。
やっと夕食に少しのパンと薄い茶が飲めて。

…それだけ。
毎日毎日それの繰り返しだ。
村の稼ぎは豚のような成金地主に奪い取られ、逆らえば見せしめになぶり殺される。
家族や友人も犠牲になるのだ。
見えない底無し沼のような生に、俺は我慢が出来なかった。
殺されるのが怖いから従う?
そんなの、死んでいるのと同じだ。

「…………」

だから俺は家族を殺した。

疲れた表情で日々を過ごす両親。
いっつも腹空かして泣いてる妹や弟達。
みんな解放してやった。
この苦しみから。

せめても苦しまない様に、一瞬で。

「……こっち」

シュウが何かを読み取る様に指を差した。
「…こっちの道に行こう」

俺が連れてきたはずのシ
ュウが、何故か俺の手を引っ張って先を行ってる。

…頬を伝うのは、生暖かくてしょっぱい水。
悲しくなんかない。
怖くなんかない。

たまに見せる母さんの優しげな眼差しをもう見れないからって。

俺を抱き上げる、父さんの笑顔が見れないからって。

お兄ちゃん、って駆け寄ってくるアイツらの声が聞こえなくなるからって。




血生臭い服で、涙を拭う。

平気だろ。


まだいる。
まだ、シュウがいる。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ