サイドストーリー
□涙の味
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「お前も来いよ。こんなちっぽけな村なんか出て、自由に生きようぜ」
「───…」
俺が差し出した手を、シュウは握り返してきた。
血に濡れた俺の頬にそっと指を添え、拭き取る様になでる。
「…怖くないかな。外」
「怖くなんかねぇよ」
見知らぬ土地に何があるのか、どんな世界があるのか、俺もこいつも知らないけれど。
知らないままこんな小さな村で一生を過ごすなんて、まっぴらだ。
【涙の味】
手を繋いで林の中を駆け抜けて。
行き着いた先は何本にも分かれた道。
随分走ったような気がしたが、実際にはそれほど距離を進んだわけじゃないのかもしれない。
その証拠に、後ろから人の声が聞こえてきた。
「……たくさん来るね」
隣でシュウが不安げに言う。
きっと、村のヤツラが気付いて追って来たんだ。
俺達を心配してじゃない。
人殺しの犯人と、労働者を追って来たのだ。
俺やシュウはこの先、村の労働者となるはずだった。
毎日朝早く起きて、飯も食わずに夜まで働いて。
やっと夕食に少しのパンと薄い茶が飲めて。
…それだけ。
毎日毎日それの繰り返しだ。
村の稼ぎは豚のような成金地主に奪い取られ、逆らえば見せしめになぶり殺される。
家族や友人も犠牲になるのだ。
見えない底無し沼のような生に、俺は我慢が出来なかった。
殺されるのが怖いから従う?
そんなの、死んでいるのと同じだ。
「…………」
だから俺は家族を殺した。
疲れた表情で日々を過ごす両親。
いっつも腹空かして泣いてる妹や弟達。
みんな解放してやった。
この苦しみから。
せめても苦しまない様に、一瞬で。
「……こっち」
シュウが何かを読み取る様に指を差した。
「…こっちの道に行こう」
俺が連れてきたはずのシ
ュウが、何故か俺の手を引っ張って先を行ってる。
…頬を伝うのは、生暖かくてしょっぱい水。
悲しくなんかない。
怖くなんかない。
たまに見せる母さんの優しげな眼差しをもう見れないからって。
俺を抱き上げる、父さんの笑顔が見れないからって。
お兄ちゃん、って駆け寄ってくるアイツらの声が聞こえなくなるからって。
血生臭い服で、涙を拭う。
平気だろ。
まだいる。
まだ、シュウがいる。