サイドストーリー
□君の隣で
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自分の犯した過ちが怖くなって、僕は逃げ出した。
たった1人の友達を置いて。
■君の隣で
「…誰?」
怪訝そうな少女の声が、ぼーっと辺りを見回すシュウの背後から聞こえた。
驚いて振り返れば、案の定、見知らぬ少女の怪訝な顔がそこにある。
エイラーンで見つけた時空の歪み。
それを通り抜けたら、全く知らない場所に来ていたのだ。
目の前には鏡がある。
自分はここを通り抜けて来たのだろうか…?
シュウは声をかけてきた少女に何て答えたらいいかわからず、言葉を濁した。
「…えっと…僕は…」
「うちの制服じゃないみたいだし、外部生?」
「…?」
外部生って何?と、首を傾げるシュウに、少女は眉根を寄せた。
何か不味い事を言ってしまっただろうかと内心で焦るシュウに、その少女は溜め息混じりに告げる。
「外部生じゃないの?見たところ転校生って訳でもなさそうだし、…とにかくもう下校時間だから鍵しめなきゃならないの」
「…げこう、じかん」
「そう。だからとりあえず、ここから出てくれないかしら」
有無を言わせない少女の言葉に、シュウは無言で頷いた。
「私は黒崎清子(さやこ)。あなたは?」
鍵を職員室に返し、ただ何となく彼女を待っていたシュウの元に駆け寄ってきた少女が、そう口にした。
束ねた栗色の髪を無造作に解く姿を横目に、シュウは少しの間を空けて答える。
「……シュウ。シュウ=アレイス」
「アレイス?ハーフなの?」
「……?」
「………もしかして日本語もまだよく分かってないのかしら」
相変わらずボンヤリとしているシュウに、清子はまた溜め息をつくと、シュウの背中をバシッと叩いた。
「…?」
「男子なんだからもっとしっかりしなさいよ。いくら日本が安全な国だって言われててもねぇ、そんなにボケッとしてたら危ないよ」
「………」
「財布とか盗まれる前に早く帰んなさいね」
覇気のないシュウに姉のような、母のような気持ちになりながら、清子はそう言った。
気付けばもうすぐ十字路で、恐らくここで別れることになるだろう。
「じゃあね。私こっちだから。あんまりフラフラしてないで、ちゃんと帰りなさいよ」
「……え」
「え?」
「…サヤコは一人で帰るつもりなの?」
「…そうだけど?」
清子は不思議そうに首を傾げた。
シュウの伝えたい事がわからずに、再び怪訝な表情を浮かべている。
シュウは驚くのは自分だとばかりに、少し困った顔で口を開いた。
「…盗賊はいないの?財布が盗まれるって、サヤコは言ったよね?まだ夕方だけど…人通りが少ない場所なら、このくらいの時間でも動く奴はいるよ」
「………と、盗賊?」
「そう。えっと…ニホン…?ここには、盗賊は出ないの?」
「…………」
清子は目を丸くしたまま、呆気に取られているようだった。
シュウとしては、清子のような少女が一人で歩くのは危ないと告げたつもりなのだが、そんなに驚くことなのだろうか。
やがて清子は笑うでもなく真剣な顔をすると、シュウの肩を軽く叩いた。
「…随分、治安のよくない国から来たのね。でも多分そこの数倍は日本は安全だと思うわよ。絶対ではないけど」
「……………」
「それに、確かに人通り少ないけど…ほら、一人で歩いてる人、いるでしょ?盗賊は出ないから、心配しないで」
「…盗賊、いないの?」
「そうねぇ、強盗とかスリとかはいるけど…盗賊とは言わないし…」
「…………そう」
「だからあんたも安心して帰れるでしょ?気を付けてね、シュウ」
清子は片手を振って、身体の向きを変えた。
十字路の真ん中、清子が見知らぬ土地の見知らぬ住宅地に消えていくように見える。