サイドストーリー

□それは苦く、甘く。
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【それは苦く、甘く】




雄飛が23歳の誕生日を迎え、リュオンとキアの婚姻パーティからも少し経った頃。
ラキア中央区の繁華街が並ぶ中央通りは仕事帰りの大人達で溢れ、それぞれの店の店員が賑やかな声で客引きをしている。
明日は世間的には休日で、普段の平日の夜よりも人の数が多い。

そんな喧騒から少し離れた、3番街の一角にある居酒屋。
チェーン店ではなく個人営業のその居酒屋は、目立たない看板とともに少し奥まった場所に扉がある。
オーナーが大国各地で集めた置物や食器が小奇麗に飾られた、謂わば知る人ぞ知る店は、賑やかながらも落ち着いた雰囲気が流れ、そこかしこから談笑が聞こえていた。
入口からすぐのテーブル席を抜けた奥、オレンジの光が漏れる個室が並んだ廊下の左側。
私服姿のウィンは、ビールのジョッキを置いて疲れた身体を癒すように長い息を吐いた。

「疲れてんなぁ」

その様子に、目の前で同じようにビールを一気に半分近くまで飲み干したラクセルが笑う。
彼の隣には薄い桃色のサワーをマドラーでかき混ぜるリゼ。
ウィンの隣は、今夜は空席だ。
機動隊という仕事柄、ウィンのパートナーである雄飛は遅番勤務に当たっている。
夜勤よりは早く帰ることができるが、早番のウィンと夕食を摂ることは難しい。

「何かめんどくせー事件でもあったのか?」

桃の香りが漂う酒を飲みながら、リゼがそう尋ねた。
野性的な風貌のわりに、彼は甘いアルコールばかりを好んで飲む。
菓子の類も喜んで食べるところを見ると、リゼはかなりの甘党なのかもしれないな、とウィンは今更ながらにそう思った。

「事件ってわけじゃないんだ。ただ……まぁ、今ちょっと警役所全体で、色々と改変があってな」

「あぁ、小耳に挟んだけど本当に作るらしいな。第3部隊」

「そういえばフエルタの爆破事件の時に、雄飛がそんな話してたな。アイツが言ってたのは前の時間の時の話だったけど、やっぱこっちでもそうなるんだな」

「あぁ……」

その通りだ。
ウィンは慌ただしい警役所の様子を思い出して、再び溜息をついた。

新たな隊員の選抜。そのための訓練や、選抜試験の場所・時間の確保。
人数の調整に、フロアの整理。
既存の隊員達の階級の見直しから構成から何から。
何かをやればやるほど新たな問題と調整事項が出てくる。
その上、何か事件が起こればいつもどおり対処しなければならない。
部下達も忙しそうにしているが、隊長格であるウィンはさらにその倍、やらなければならない仕事があった。
事件がなくとも残業して深夜に帰宅なんてことはザラになったし、今日のように定時を少し過ぎた頃に警役所を出て飲みに来れるなんていうのは、ここ最近じゃ本当に珍しいことだった。
ラクセルとリゼに誘われていることを知った雄飛が、たまには定時に帰れと半ば無理矢理追い出してくれたのが良かったのかもしれない。

「お前の仕事はホントいつも忙しそうなイメージがあるけど、なんつーか……今は更にって感じだな」

「……たまに、賞金稼ぎの頃が恋しくなる。最近」

危険かつ継続した安定を得るのが中々に難しい職業だが、しかし誰にも縛られない自由さがあった。
機動隊は安定した収入がある分、縦の関係や他の警役所との関係など、色々と悩みどころも多い。
額に手を当てて俯いたウィンに、ラクセルとリゼは顔を見合わせた。
これは相当キているようだ。
店員が持ってきた新しいジョッキをウィンの前に置いて、ラクセルは「まぁ飲めよ」とそれを勧める。

「でもさ、新しい部隊ができるってことは既存の第1と第2部隊のメンバー構成も変わるんだろ?」

「それだ。……新しいメンバーのみで第3機動隊を編成するわけにはいかない。当然、俺達の部隊からメンバーの調整が発生する」

「……ってことは、お前、雄飛と同じ部隊じゃなくなる可能性もあるんじゃ……?」

ラクセルが恐る恐るといった様子でそうウィンに言うと、ウィンは勢いよく顔を上げてその瞳をぐっと眇めた。

「そんなのは絶対認めない」

「…………」

「……と、言いたいところなんだけどな……」

しかしまた、ガクリとウィンは頭を下げる。

「そう上手く阻止も出来ないんだ……。メンバー構成は、性格や技量や階級を見て専門家も加えて細かく決めなきゃならない。場合によっちゃ命に関わる仕事だから、当然といえば当然なんだが……」

「それでいくと、幻術使いであるお前と雄飛は確実に別の班に構成されるんじゃないのか……?」

「だろうな。俺も隊の編成には多少の権限はあるが、それでも決定権はない。今回、新たにラキアに来るメンバーの中にはフエルタのような小さな街だけじゃなくて、アルヘナやシャウラといった大都市からもやってくる。……そうなると、面倒なのが急遽構成された上層部なんだよ……」

なるほど、今のウィンの一番の悩みはその上層部とやららしい。
ラキア中央警役所と、それぞれの警役所から代表の幹部が集結して作り上げた警役所上層部。
彼らが部隊編成の決定権を持っているのだ。
今はまだ正式な部分ではないが、いずれは各警役所を取りまとめる幹部会として組織されるだろう。
ラキア中央警役所の現在の最高責任者は指揮官であるサウジーだが、幹部会が正式に発足すればサウジーの上に更に複数の人間が立つことになる。

「現状の各街の警役所は、ある意味独立した機関だ。有事の際には当然協力もし合う。だが、組織としては全くの別物として認識されているんだ。……でも、幹部会が発足したら各街の……いや、エイラーン中の警役所は1つの組織のもとにまとめられることになる。そうなるともちろんメリットもデメリットもあるんだけどな……」

「……そりゃ大変そうだ。ただ単に、中央警役所に第3機動隊と第3幻討隊が出来るってだけの話じゃないわけか」

「あぁ。これを機に色々と警役所という組織のあり方が見直されてる。恐らく、これからも何かと改変が増えるはずだ」

「そうなると警役所直属の研究者として登録してるジェインにも、何か関係がありそうな話になってくるな。……面倒くせぇ」

3人はそれぞれに苦い顔をして目の前のグラスを無意味に眺めた。
いつまでも同じまま、というわけにはいかない。
そう分かっていても、現状に満足してしまっていたウィンにとってはすんなりと受け入れられる事でもなかった。
ウィンだけではない。雄飛も極力その話題を出さないようにしているし、他の仲間達もどこか微妙な空気を孕んでいる。
部隊が増えれば休日が取得しやすくなったり、事件解決までの時間が早くなったりもする。
しかしそれ以上に、信頼しあえるメンバーが変わるというのは複雑なものがあった。
部隊は、チームである以上に家族のようなものだ。
出動も、訓練も、出向も慰安旅行も。
全て共に行う。
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