サイドストーリー

□隣の芝生は青々と
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「最近雄飛さんってよく告白されてますよねー」

それは昼食時間にサーシャが言い放った一言だった。
テーブルを共にしていた他の隊員の手が止まる。
視線は一斉に赤い髪の隊長の元に集まり、すぅっとした冷気が流れ込む。
その様子に一人気付いていないサーシャだけが呑気にサラダを口にしたが、しかし数秒の後に何か厄介な事になっていると漸く気が付いた。

「……サーシャ、今のはどういう意味だ?」

「……え、ええっと……」

どうやら彼の前では話題にしてはいけない内容だったらしい。
隣に座るリーに視線で助けを求めてみるが、「あーあ」という顔で見返されるだけだ。
本日夜勤の雄飛と、その他数名の隊員だけが、このどうしようもない気まずさを味わわずに済んでいる。
レティアも気の毒そうにしながら助け舟は出してくれない。
この場で最年長の副隊長でさえ、「そりゃ禁句だろう」と呟きながら煙草吸ってくるわーと華麗な早業でその場を後にした。

入隊8ヶ月目のサーシャは、この日また新たに第2機動隊内での暗黙のルールを知ることになる。



【隣の芝生は青々と】



気が付いたのは、ここ最近の事だ。

自分も含め、第2機動隊の面々が“黒崎雄飛”という人物を思い出してから半年近くが経っているのだが、その経過の中で何よりも実感したのは彼がとても愛されているという事である。
仲間にはもちろん、何よりも隊長自身が部下である彼をとても愛しているのが見て取れる。
時折それは見ているこちらが恥ずかしく感じることもあったが、しかし羨ましく微笑ましくもあった。
サーシャからしてみれば雄飛は憧れの機動隊員で、そして見た目もどストライクで、一緒にいて楽しい年上の同期である。
もちろん自分は雄飛を恋愛の対象としては見ていないが、それでも尊敬と親愛を込めた好意は持っている。
何より、雄飛を微かな甘さを含めた目で見るウィンの態度に気付いてからは、その気持ちはより顕著になった。
つまり、恋愛感情は持っていなくとも、雄飛が夜になるとウィンに抱かれているという事実を目の当たりにして、何だか妙な気持ちになってしまうことが増えたのだ。
仕事と私生活での線引きをしていると言っても、やはり愛情が表に出てしまうくらい愛されている存在。
そんな相手が自分にもいたらと、ついつい考えてしまうのである。

そしてそれはサーシャだけに限らず、度々仕事を共にする普通警役人達にとっても同じなのだろう。

ウィン隊長があんなに可愛がるクロサキ隊員とは、一体どういう人物なのだろうか……と。
女性に限らず、男性職員でさえも思い描くはずだ。
柔らかな黒髪をシーツに広げ、シャツを脱がされていく様子を……

「うわあああ」

そこまで考えてサーシャはデスクの上に突っ伏した。
仲間のそんな姿を想像するなんて間違っている。
アサキが心配して肩を叩いてきたので、サーシャは少しだけ顔を上げて先輩である彼を見上げた。

「アサキ先輩……訊いても良いですか?」

「何スか?」

幸い、今部署の中にはウィンはいないし、隊長会議であと1時間は戻ってこない。
話すなら今だとサーシャはアサキに向き直った。

「今日の昼、俺、隊長の前で言ってしまったんです。雄飛さんが最近モテるって」

「うわぁ、スゲェ」

「あ、やっぱりそういう反応なんですね……」

「そりゃそうッスよ。ウィン隊長は雄飛の事を目に入れても痛くないくらい溺愛してるじゃないッスか……。まぁ、確かに最近よく雄飛が告白されてる現場に出くわすけど、告白する側も隊長がいない日とか時間を狙って呼び出してるッスからねぇ……雄飛は勿論の事、俺らが言わない限りはさすがの隊長も知らない事ッス」

「アサキ先輩も見たことあるんですか?雄飛さんの告白現場」

「俺だけじゃないッス。リーもレティア姐さんも、アイル副隊長もッスよ」

成程、みんな知っているからこそあえて話題に出さなかったのだ。
昼間の自分の失態に悪態をつく。
雄飛が隠していたのに、自分のせいでウィンにばれてしまったのだ。

「まぁ、そんなに気にすることねぇよ」

話を聞いていたリーが、口を挟んできた。

「確かに少し考えてから口にすべき内容ではあったが、ありゃお前に口止めしなかった俺達にも非があるし……何より一番悪いのは隊長だろ」

「え……どうしてですか?」

「本人は抑えてるつもりかもしれないが、隊長のあの垂れ流しの感情はさすがの俺達にも毒みたいなもんじゃねぇか。たまーに休憩時間に2人で消えるだろ。訓練場にも休憩室にもトイレにもいない。だったら居場所は決まってる。医務室か、資料室」

「…………」

「そっから帰ってきた時の隊長はな、超絶甘いんだよ。雄飛に」

リーは呆れたようにそう言って、同意を求めるようにレティアを見た。
真面目に事務作業をしていたレティアにも、当然彼等の会話は耳に入っている。
仕方なしに動かしていた手を止めて、困ったように頬に手を当てた。

「そうね、もちろん言葉や態度は私達と接してくれる時とほぼ変わりは無いけど……それでも纏う空気みたいなのがね……」

「確かにそれはちょっと分かる気がします」

「だろ?……まぁ、仕方ない事だとは思うけどな」

「そうね……。私が隊長だったらきっと同じような気持ちになるもの」

サーシャには分からない、かつて時間軸が変わる前の事だろう。
雄飛と同期として入隊したレティアやリー、それからここに居ないアッシュの中には、ウィンとはまた違った雄飛への想いがある。
微かに切ない表情を浮かべたレティアにアサキが目を細めたが、サーシャは彼のその様子には気が付かず、ただリーだけがこっそりと苦笑を浮かべたのみだ。

「雄飛は気付いてるんだか気付いてないんだか分からないけどな」

「あら、気付いてるんじゃない?だからああして上手く隊長に応えてるんでしょ」

「最近黒崎も隊長の扱いが上手くなってきたモンなぁ」

「ほんと」

他の隊員達も会話に加わって、面々は小さな笑いを溢した。
目に余るほどの事でもないし、このくらいは仕方が無いと彼等もウィンと雄飛の多少のあれこれには目を瞑っているのだろう。

「で、サーシャはウィン隊長の質問攻めからどうやって解放されたッスか?」

「あぁ、あの後……本当に色々聞かれました。相手は誰だとか、いつだとか、何回見ただとか。俺もさすがに相手の名前は知りませんから、とりあえず雄飛さんがすっぱり断ってたことだけ伝えて、逃げました」

「それが一番だな」

「……でも、今夜の雄飛が心配ッスねぇ……」

「あぁ……」

「そうね……」

アサキとレティアが微かに頬を赤らめる。
サーシャもその理由に行きついて気まずげに俯いた。



* * * * * * * *



時刻が19時を回った頃、会議は漸くお開きとなった。
資料を手に立ち上がったウィンは、部署に帰らずに訓練場へと直行する。
この時間の射撃場は人が少ないし、自分にとって集中するのに丁度良い場所だ。

別棟にある射撃場には他の隊員の姿は無く、ウィンは幸いと奥のブースへ向かう。
電子パネルを操作して標的の設定をし、防音用のイヤーマフをつけた。

「…………」

昼間、サーシャから聞いた話を思い出す。
あの様子だと他の部下達もその告白現場とやらに遭遇したことがあるのだろう。
雄飛も、言う必要は無いと判断して自分には黙っていたのだ。
それが正しい。
雄飛や部下達が懸念していた通り、自分は今とても不安な気持ちに駆られているのだから。

我ながら大人げないとは思う。
しかし腕の中に戻った存在は何よりも大切で、手放せないものだ。
いっそ公然と知らせることができたらいいのにと思ってしまう。
少し前に婚約した、リュオンとキアのように。

手にした銃から身体に発砲の反動が来る。
幾度となく引き金を引いた愛用の銃から放たれた弾丸は、まるで吸い込まれるように動く標的のど真ん中を貫いた。
計測器のモニターにはSランクの評価が表示されたが、それには目もくれずに次の的を連射していく。

前の時間軸での最後。
心臓に爆弾を抱えた雄飛は両腕を突っぱねて、自分と距離を取った。
あれは雄飛の矜持だったのかもしれないし、自分に心配を掛けさせまいという気持ちの表れでもあったのだろう。
だが、それはつまり自分が弱かったからだ。
雄飛がそう思っていなくとも、あの時、自分には恋人を守る力が無かった。
だから今度こそ、頼ってもらえるように。
幼い頃に救ってもらった、恩返しが出来るように。
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