長編小説

□Stranger Boy
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■6

 最初に出会った頃は頑なに外出を許さなかったウィンが、ここ最近は雄飛を伴って車を出すことが少しだけ増えた。
 それはきっとトーゴの影響でもあるし、譲り受けたブレスレットのおかげでもあるらしかった。
 ブレスレットの小さな石に、ウィンの魔力が込められている。彼曰く、もし雄飛に何かがあっても一度くらいなら“何事からも守れる”程度の魔力が入っているらしい。ただし、逆に言えば一度きり。油断はするなよ、と毎度言われているのは変わらない。
 今日も今日とて、人で賑わう隣町の大きなマーケットに連れてきてもらっていた。良く晴れた冬の空の下、人混みの中を縫うように歩く。雄飛は日本の正月に経験した、初詣の参道を思い出していた。
 少し気を抜くとウィンを見失いそうだ。雄飛は彼の赤い髪を視界に入れつつ、見慣れない商店やフードトラックを興味津々で眺めていた。
 今日ここに来たのには理由がある。離れた街で仕事をしている件のトーゴから、雄飛とウィンに連絡があったのだ。このマーケットのイベントで、この地では有名なアーティストが歌を披露するのだという。雄飛はまだエイラーンの芸能には疎かったが、その名前はよくテレビでも目にしていた。圧倒的な歌唱力を持つ、女性だ。
 ウィンは渋い顔をしたが――、雄飛の“行きたい”という視線を汲み取ってくれたようだった。そうして渋々、2時間の道のりを運転してくれたのである。
 雄飛は反対側の露店を見るふりをして、ウィンの顔を見上げた。家を出る前こそ渋かったものの、今は眉間の皺は消えている。雄飛はホッと息を撫でおろし、ふと目についた店の前で指をさした。
「ウィン、あれは?」
「あ? あぁ……」
 ガラスのケースの中に指輪が並んでいる。
 一見すると他のアクセサリーと変わらないのだが、そのケースには不思議な文様が浮かんでいた。まるでLEDのライトが当たっているかのように、薄く光っている。
「あれはフェールリングだな」
「フェールリング?」
「お前の国には無いのか?」
「指輪ならあるけど、フェールリングってのは聞いたこと無いな」
 ウィンは人の波に逆らわずに歩きながら、キラキラと光るガラスケースの中を一瞥した。
「フェールリングは、絆の指輪だ。家族、恋人、親友――。関係性は問わずに、ただ唯一無二と決めた相手に贈る」
「へぇ……」
「ペアリングみたいなもんだが、フェールリングの方が意味合いは少し“重い“な」
 露店では剥き出しのアクセサリーも多く並んでいるのに、そのフェールリングと言われる指輪については魔力の施されたガラスケースにしまわれている。
 店にもよるが、フェールリングとして売る物には高価な宝石か、もしくは魔力の施された宝石が留められている事が多いからだ、とウィンは雄飛に教えた。
「勿論、アミエラの件で学んだように、高度な幻術の施された魔道具を勝手に売ることは許されない。だからまぁ、せいぜいが呪(まじな)い程度の弱い魔力だろうけどな」
「……それでも、魔力を持たない人にとっては効果抜群ってことか」
「そういうことだ」
「結婚指輪とも違うのか?」
「結婚指輪? 生石の交換の事か?」
「せいせき……?」
「……」
 並ぶ指輪を見るウィンの視線は、どこか冷めていた。しかし雄飛が首を傾げたので、自分の髪を耳にかけ、黒いピアスを見せてくれた。
「生命の石だから、生石。この世界の人間は、生まれた時に親から宝石を授かるんだよ。……俺のはこの、黒曜石」
「それ、黒曜石って言うのか……」
「結婚したい相手がいれば、互いの石を交換しあう。それが契りだ」
「指輪に限定してるわけじゃないんだな」
「俺はピアスだが、指輪として授かっていれば指輪の交換にはなるだろうな」
「へー……」
 こういう時に、やはり自分がいた世界とは違うのだと感じる。
 ウィンに、フェールリングやピアスをあげたい相手はいないのか?と世間話をしようとした雄飛は、開きかけた口を閉じた。
 いるはずがない、と思う。人との関りを極力避けているウィンが、恋人や親友のような存在を持っていないことは明白だ。いや、トーゴに言わせれば自分こそ親友だと喚きそうではあるのだが。
「……それにしても、凄い人だな。ここはいつもそうなのか?」
「今日は週末だし、余計にな。例の歌手のステージもサプライズとはいえ、これが全員向かったら大変なことになるぞ」
 話題を変えた雄飛の言葉に頷いて、ウィンは呆れたような顔で少し先を見渡した。
 昼過ぎからのステージを目的に来たので、特に買い物も無い。2人は途中の小さなカフェで軽食を購入すると、まだ歌手が来ることなど何も匂わせていない、広い公園の一角にあるベンチに落ち着いた。
 歩き続けていたので身体は温かいが、頬を撫でていく風はとても冷たい。カフェでアイスにするかホットにするかさんざん悩んで決めた温かいカフェラテの蓋を開け、雄飛は甘くミルキーなそれを一口飲んだ。
「……甘いもん飲みながら、よく食事出来るな」
 隣でホットコーヒーの小さなカップを手にしながら、ウィンが言った。彼はそれと、薄いサンドイッチのみだ。
 雄飛は蜂蜜とシナモンのようなスパイスの香りが口内に広がるのを感じながら、怪訝な顔で頷いた。
「いつもカフェに寄った時は、カフェラテかチョコレートのフラッペとか……そういうのと一緒にパン食べてるからな」
「そう言うわりに、変な顔だ」
「そう、なんだよなぁ。こっちに来てからウィンに合わせてブラックばかり飲んでるせいか、今凄く甘く感じたっていうか……」
 甘いもの好きなんだけどな、と雄飛はまだ熱いくらいのカフェラテを見下ろした。
「ブラックなんて苦くてあんまり好きじゃなかったんだけど」
「そりゃ悪かったな」
「飲んでるうちに意外といけるなって」
 雄飛はラテのカップをウィンに差し出した。待ち時間が結構あるから、と大きめのカップで買ったそれは、まだなみなみと入っている。
「試しにウィンも甘いの飲んでみたら? 意外と好きになるかもしれないぞ」
「遠慮しておく」
「まだいっぱいあるしさ」
「だから小さい方にしとけって言ったんだ」
 ウィンは自分のコーヒーを持ったままパンを3口ほどで食べ終えてしまった。雄飛は「ダメか」とボヤき、仕方なく甘いカフェラテと共に具がたっぷり入ったサンドイッチにかぶりつく。これは美味しい、と雄飛は頭の中にインプットした。また来られるかはわからないが、ここ最近は気に入った店や物は覚えておくようにしているのだ。
「……」
 無言のままコーヒーを飲むウィンの隣で、食事を続ける。穏やかな時間だ。
 公園ではしゃぐ子どもの声や、小さな生き物たちの声。風が揺らす木の葉の音。
 平和だな、と感じるものは、日本でもエイラーンでも同じだ。
 短い芝生の上を、母親と2人の子どもが歩いている。小学生くらいの姉と、小さな弟。弟は姉に手を引かれ、よたよたと小さな足で何とか進んでいる。母親が楽し気に子ども達を見下ろして、そしてふと振り向いた。彼女の視線の先には、父親らしき男の姿があった。何かを持って小走りに3人に駆け寄っている。
 眼鏡をかけた、優しそうな風貌の男だ。雄飛の黒髪より青い、群青色の髪の毛。ひょろりと背が高く、手にしていたジュースのようなものを、膝をついて子どもたちに渡している。
 小さな紙パックのジュースを両手で持った息子を、父親は愛おしそうに抱き上げた。
 その姿が、真っ黒に塗りつぶされる。
「何か?」
 ウィンの低い声で、雄飛は我に返った。いつの間にか、目の前には黒いロングコートを着た、壮年の男がいた。彼の横には妻らしき女性の姿もある。
「あ、あぁ……いや」
 男は雄飛の事を見下ろしていた。それも、何故だかとても驚いた表情で――だ。
「……?」
 雄飛も男を見上げるが、全く覚えのない顔だ。女性も怪訝な表情で、「ちょっと、どうしたの?」と夫に聞いている。
「昔の知り合いにそっくりだったもので……。だが、どうやら人違いのようだ。驚かせてすまなかったね」
「……い、いえ」
「では、失礼……」
 そう言って男は去っていった。
 雄飛が視線を戻すと、もうあの家族連れの姿も見えなくなっていた。
「……他人の空似ってやつか?」
 ウィンがそう言ったので、雄飛は右側を見た。ウィンの淡い紫色の瞳が雄飛を見つめている。
「そうだな、世界が違っても……似ている人ってのはいるのかも」
「世の中には自分にそっくりなのが3人はいるっていうからな」
「その迷信、こっちにもあるんだ」
 雄飛は食べ終わったサンドイッチの包み紙を畳み、まだ温かさを保っている紙カップを持った。最初は違和感を持った甘さも、やはり肌寒い外で飲むにはちょうどいい。
「そっくりと言えばさ、俺は俺の父さんの若い頃に瓜二つらしいんだ」
「へぇ。親子でもなかなか“瓜二つ”ってくらい似ているのは珍しいな」
「あぁ。父さんが30歳になる前の写真が残ってるんだけど、確かによく似てるって自分でも思ったよ。昔の父さんを知ってる人達からは会うたびに似てる似てるって言われて……」
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