長編小説

□深縹の戦旗【上】
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■序


 突き抜けるような真っ青な空が頭上に広がっている。
 雲もなく、風もない。
 真夏を目前に控えたその日、普段は候補生の訓練などで賑やかな広いグラウンドが、水を打ったように粛然としていた。
 窓ガラスに陽光が反射して輝く警役所を眼前に、そこに所属する全ての者が乱れることなく整列している。
 正面左に並ぶ機動隊は真っ白な隊服を身に纏い、普段あまり目にする機会の無い制帽を被っていた。
 “気をつけ”の姿勢でまるで人形のように微動だにしない彼らの前に、ひとりの男が歩み出る。
 号令の声が響き、その声に応じるように千人余りの警役人が一斉に礼の姿勢を取った。
 隊服の衣擦れのせいか、一陣の風が巻き起こるような音を立てて全員が敬礼する。
 その様子を満足げに眺めて、視線の中心にいる壮年の男もまた右手を持ち上げて敬礼をした。その手が下ろされ、間を図ってから今度は「直れ」の指示が飛び、全員が気をつけの姿勢に戻る。
 首都合同記念祭。
 祭りとは名ばかりの、格式高く厳粛な行事。
 雄飛は制帽のつばの下、日陰になった部分から視線だけを僅かに動かして、斜め前に立つ男の背を見た。
 光に透けた赤い髪の流れる先、制服の肩章に施されたラインは2本。対して、自身の肩章には3本のラインが赤い布で縫われている。
 正装での肩章、普段の隊服での襟元にあるライン数が表すのは、その人物の所属部隊だ。
「…………」
 視線を元に戻し、正面で何やら演説を始めた男の言葉を聞き流す。

 特殊な経験から2度目の機動隊入隊を果たし、今年で3年目。
 物事に不変はない。
 中央警役所では、機動隊・幻討隊・特明隊のそれぞれに部隊が増設され、人事には大幅な改変があった。
 大国各地の警役所は1つの大きな組織となり、これまでのような街ごとに独立した機関ではなく、「警律省」という新たな機関の支部として存在することになった。
 つまり、雄飛の所属するこの場所も、「警律省ラキア支部 中央警役所」となるのだが、隊員のほとんどは今まで通り「ラキア中央警役所」と口にしていた。
 そしてラキア中央警役所は、ある2つの都市と併せ主要支部として始動することになる。
エイラーン大国東端の軍事都市シャウラ。大国南部、歴史ある文化都市アルヘナ。
 今日のこの祭典にも、その2つの都市から招かれた警役人が参列している。
 新しく編成された部隊の中だけでなく、警役所内の事務・経理課や管理部、巡警隊の一部にも、近隣の警役所やシャウラ・アルヘナの機動隊から出向してきたメンバーもいるのだ。
 うまくやっていかなければ、と雄飛はともすれば日射病で倒れてしまいそうな日光の下で、一度ゆっくりと瞬きをした。
 部隊の改変で、隊長職だけは据え置きとされた。ウィンは今まで通り第2機動隊の隊長。
 雄飛は、第3部隊配属だ。
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