長編小説

□深縹の戦旗【下】
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「俺をわざわざこんな……ゼウスまで連れてきた理由を教えろよ。俺の容姿や契約が狙いなら、こんな面倒なことをする必要はないはずだ。お前の部下だってそれなりなんだろ? 俺一人くらい、どうにだってできるはずじゃないか。ラキアだろうが、どこだってな」
「ラキアで君に危害を加えたら、君の仲間が黙っていないだろうからね」
「……なぁ、お前は俺のことを調べあげてんだろ? 俺がノアって子どもの治療を担当してるのも知ってるはずだ。あいつの足を治せるのは俺しかいねぇ。だから俺はこれでも焦ってるし、この上なくムカついてるんだ。俺の仕事の邪魔をする権利はテメェらには無ぇだろ?」
 だからさっさと話せ。リゼの唸るような声に、アーレントが頷く。
「……その怒りはご尤も。僕だって責任は感じている。この部屋に呼んだのも、まさに君をここに連れてきた理由を話そうと思ったからだ。……でも、聞いたら君は断れなくなるよ? 僕の存在自体が、この国では機密事項みたいなものだから」
「要求を聞き入れなければ一生牢の中ってことか? 随分と傲慢なんだな。お前が誰だろうと俺は興味も無いし、この屋敷から出たら速攻で忘れるから安心しろよ」
「そう簡単な話じゃないんだよ。君はここに連れてこられて僕の姿を見た時点で、もう泥沼に片足を突っ込んでいるようなものなんだから」
「勝手に言ってろ。そっちの事情なんか俺には関係ない。俺がすべきはラキアに帰ってノアの足を治してやることだけだ」
「…………」
 アーレントは真っ直ぐに伸ばしていた背筋を崩し、ソファの背によりかかった。そして背後の男に視線で合図をする。影のような男はリゼに歩み寄り、手にしていたタブレットを渡した。
「――結論から言うと、君が言った事は正しいよ。リゼ」
 アーレントが自らのタブレットも取り出して、何やら操作しながら口を開いた。それと同時にリゼのタブレットも起動し、薄青い待機画面になる。
「僕は“色”が欲しいんだ。例えば君のような漆黒の髪。夕焼けのような紅色の瞳もね。……ただ、確かに他人の色を奪うには限界がある。どれだけ魔力の強い人間から奪っても、せいぜい3日が限界なんだ」
「その白いのは生まれつきか」
「そうだよ。おかげで母親には生まれてすぐに放り投げられたって話さ」
「…………」
「話を戻すけど、僕のこの身体は見た通り特殊でね。このままではあと3年も生きられないらしい。生まれ持った魔力が変異種らしくて、身体が保てないんだって」
 タブレットの画面に文字の羅列が表示される。リゼはレポートのようなそれに目を通し、眉根を寄せた。魔力が原因で起こる脱色症状。今まで読んだどの文献にも症例が無い。
「生き残る道はただひとつ。他人の魔力を使って自分の魔力を抑え込み、身体を作り変えること。僕にとっては、この真っ白なキャンバスに色を貰うことと同義なんだ」
「理屈はわかるけどな、他人の魔力を使うって時点で不可能に近いだろうが。どんな魔力も反発が起こる。反発すれば、それこそ魔力の持ち主は命を落としかねない」
「だからだよ。君達は、その例外だろ?」
「…………」
 アーレントは微笑を浮かべてリゼを見ている。
 吸血鬼は確かに“例外”ではあるだろう。魔力とは別に、吸血鬼としてのもう一つの核を持つ。それは瞬間移動という力でもあるし、力の強いキアに関しては、古代の鬼達の意識を表面化することも出来る。
 だが、それはあくまでも吸血鬼の特権であり、いわゆる魔力とは別物だ。
「お前が“赤刃”を結ぼうとしたのは、それが理由か?」
「そうだよ。“赤刃の契約”を知った時、これしかないと思ったんだ。契約の力があれば、僕は永遠に契約者の魔力を共有することが出来る。僕は普通の人間みたいに色を持ち、生きながらえることが出来るんだ」
「それで、俺がお前の命の供給源に選ばれたのか?」
「うん。まぁ、そんなところだね」
「…………」
 “そんなところ”という言葉に引っかかりを覚えて、リゼは目を細めた。“そうだ”とは断定しないのか。それともただの言葉の綾だろうか。
 リゼは手元のタブレットに視線を落とした。資料にはいくつもの医療チームの名前がある。恐らく皆優秀な医者なのだろうが、アーレントのこの症状については医療ではどうにも出来なかったのだろう。吸血鬼の一族を探し出して、縋りたくなる気持ちも、理解が出来ないわけではない。
 しかし――、何故自分なのだ。リゼは資料を指でスライドさせながら、純粋にそう疑問に思った。
 ゼウスで治療法が見つからなかったのなら、エイラーンの医療も参考にすればいいのだ。あそこには、ジェイン=ノーライトという博士がいる。それこそ、リゼを見つけて調べる間に彼の存在にもたどり着いただろう。
 それに、キアだ。吸血鬼の力を欲するのなら、自分よりキアを狙うはずだ。リュオンが一緒にいるから避けたのだろうか? そもそも、どうやって調べ上げたのだろうか。
 更に、この真っ白な男は雄飛の存在も知っている。先日、黒髪に青い目の青年の魔力を奪い、わざわざ自分に血を吸わせに来たのだ。雄飛と契約を結んでいたのは、ごく僅かな人間しか知らない。調べてわかるような情報ではないはずなのだ。
「……もし俺がこの話に頷いたら、これからどうなる?」
「“赤刃の契約”で魔力を供給してもらうことにはなるけど、君が生きてさえいれば僕も生きていられるし、望み通りエイラーンへの船のチケットを手配するよ。勿論、ラキアまでの車の手配もね」
「…………」
「何なら、君が診ている少年への資金を援助してもいいし……」
 リゼはタブレットをテーブルに置いて立ち上がった。そのままドアへ向かったリゼに、アーレントは怪訝そうに声をかける。
「それじゃあ足りない?」
「お前が金持ちの息子だってのは十分わかった。協力するか否かは、しばらく考える」
「……そうか。いい返事を待っているよ。リゼ」
「――……」
 リゼはそれ以上何も言わずに、部屋から出た。白衣の男は追ってこない。リゼが屋敷から抜け出す可能性は低いと考えているのだろう。実際、リゼも今ここから逃げ出すつもりは無かった。施錠もされていない窓枠に手をかけて、遠くの街並みを眺める。
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