小説集

□異世界召還物「フォルンティア日記」
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――。
――――。

「それで、今日はどなた(脳内変換はどいつ)が来られる(来やがる)のかしら」

 百合香と爺は廊下を歩いていた。
 磨き上げられた床と、シャンデリアの上で揺らめくロウソクの炎。通りすがりのメイドたちが深々と頭を下げる。

「外務省の田奈 募太男(たな ぼたお)氏と大蔵省の北 内蔵(きた ないぞう)氏とアメリカのFN銀行からはノットーリ・キマシータ氏です。重要な人物はこれくらいですかね。あとは国会議員の……」

 百合香はてきとうに聞き流しながら、べつのことを考えていた。
(なにかおもしろいこと起きないかしら)

 やがて、会場に到着した。
 係の者によって扉が静かに開かれる。

 人の話し声と、照明の光と、さりげなく向けられる数多くの視線。
――。
――――。

 真っ赤な絨毯に足を踏み入れる。ゆっくり、ゆっくりと歩みを進める。

――。
――――。

 さらに視線が集まる。
 空気が変わる。静寂が舞い降りる。
 心地よい緊張感が調律したピアノの線のように辺りに張り詰めてゆく。

――。
――――。

 またたく間にその場を支配した彼女――百合香のまとう雰囲気はまるで妖精の女王。
 薔薇の咲く過程を早送りで見ているような優雅ささえ感じさせる彼女の足取りに、全ての人々が見惚れた。

 そして、中央にたどり着いた百合香は眼を細めて妖艶な笑みを浮かべた。

「ごきげんよう――皆様」
 会場が息を飲む。
「あら……?」
 すると次の瞬間には百合香の表情は年齢相応の可愛いらしい笑顔へと変質を遂げていた。
 百合香は手を二回ほど叩いた。
「皆さま楽にしてくださいな」

 それは催眠術から解放されたような効果を人々に与えたようだ。

 溶けた氷から談笑が零れ落ちてきたかのごとく、人々の意識は社交界へと帰還した。
 百合香を褒め称える声が会場をぐるぐると回り、だれかの言った冗談が笑い声を招き込んだ。辺りは騒がしくなる。

 さて、百合香が何歩か進むと、さっそくへのへのもへじ(百合香の主観)みたいな顔をしたどこぞの高級官僚やら企業の社長やらがわらわらと群がってきた。

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