小説集

□異世界召還物「フォルンティア日記」
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1.序

 例えば貴女に、彼らを惹きつける魅力があるというのなら、それは剥がれ落ちたネイルのようなもの。
 明日には違う姿を見せる借り物。飾り立てた貴女を見ているのではないの。彼らは貴女の後ろを見ているのよ。

――。
――――。

 百合香はそっとため息をついた。
「お嬢様……もうすぐ社交界が始まってしまいますが」
 振り向かなくてもわかる。なにせ物心がついたころからの仲だ。
「ええ、わかっているわ。……わかっているのよ、爺」
 鏡にはまるでこの世の終わりを宣告されたような表情の女性が映っている。
 つまり――うんざり、だ。

 長い栗色の髪はそれ自体が工芸品のようで、触れれば音もなく零れるであろう繊細さを持っていた。さすれば眼に輝くは黒陽石の煌めきといったところか。
 百合香はため息をついた。
 鏡を見て(我ながらこれ以上ネガティブな表情をすることはできないでしょうね)という感想を抱く。

 整った顔立ちの女性であっても、表情が陰鬱なものであれば魅力が半減するのは万国共通の事柄。
 仮にこの表情のまま社交界に出れば、そんな彼女を見て取った有象無象がご機嫌伺いとばかりに歯の浮くような賛辞を献上しに群がってくるであろう。
 しかも、彼らが最後にいう台詞の最後は必ずこうだ。
「キミのお父上にはよろしく」

 あいつら死んでしまえ。狼に頭からばりばりばりばりと喰われてしまえ。
 百合香は想像の中で凄い拷問を開始した。口元がへの字を描く。
「うふふふふ……」
 うぎゃー。
 ぐしゃあ。ぐしゃあ。

「お嬢様。いま不穏当なことを考えたでしょう」
「そんなことなくってよ!」
 百合香は笑顔とともに振り返った。きっと引きつってないはずと自分に言い聞かせる。真相は皆さんの心の中に。
「……お嬢様……」
 呆れ顔の爺の姿がそこにあった――。

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