短編

□原始の海に還ります
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ザザァン…と波が打ち返す音が静かにこの世界に木霊する。
不気味なほどに静かな世界。
海辺に座り込む2人は何も喋らない。
1人は銀の長髪の男。
もう1人は黒の短髪の女。
世界が終わってしまったあの日、2人だけ骸の世界に取り残された。

『ねぇ、了』

「何?名無しちゃん」

『私達が望めば…みんな、戻ってくるかな?』

ぎゅっ…と了の手を握り締めながら、ぼそりと言葉を漏らした。

『遊戯に城之内、杏子ちゃん、本田、御伽…バクラ…みんな、願えば戻ってくるかな』

「…わからないよ、名無しちゃん」

本当は、僕達だけで…と了は思った。
名無しを独り占めできる。
名無しだけいればいい。
名無しと一緒の世界なら、どんなに幸せか…と、考えてしまう。
でも、彼女が願っているのは全員がこの世界に戻ってくる事だった。

『私ね、一回還ってみよう…って思う』

「……どこに?」

すくっと立ち上がって、名無しは命の海に足を伸ばして、足をそれに浸した。
形を失った命は全て、この液体に変わった。
世界が終わりを告げた時に、2人を残して海に還った。

『私もコレに還れば、またみんなに会えると思う』

どうやったら、還れるかは解らないけど。と、クスクス笑いながらまた一歩海に沈める。
了は、急いで立ち上がってバシャバシャと名無しの後を追って腕を掴んで止めた。

「…やだ…いやだよ…!」

『了…?』

ギュッと抱き締める体が痛い。
了は離さない。

「また…ひとりになるのが…やだよ」

腰辺りに命の液体が浸る。
あぁ、みんなは溶け合って何時も一緒だ。ただ、形があるか、無いかの違いだ。
名無しは、カタカタと震える体を抱き締めて優しく宣言した。

『じゃあ、一緒に還ろう…原始の海に』

誰もいないこの世界なんて、楽しくも面白くない。
誰かがいて、触れ合って
反発して、認め合うのが
楽しくて、面白い世界の在り方じゃない?

その後の世界は、さざ波しか響かなかった。

自ら楽園を抜け出したアダムとイヴ
 

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