志裏偉事
□沈んで浮いて
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家の者全員が眠り誰の人影も見えなくなった夜中、こっそり起きて見つからないよう道場へと向かう。
幸い鍵などはかかっていないらしく、音を立てないように扉を開け、閉める。
閉めると中は暗くなるが、夜中に起きた誰かが道場をふと見て異変に気付き、バレるよりはよっぽど良い。
多少目が慣れてきた頃、道場の中を歩き回りある物を探す。
男が振っていた、あの丸太だ。
「ッつ」
道場の隅の方に立てかけてあったそれを持ち上げようと腕に力を入れた途端、ズキッと肩に激痛が走る。
傷が痛む。
だが甘える訳にもいかない、再度持ち上げようとした時、ある事に気付く。
たしかに見た目通り重いが、見た目よりはるかに重い。
俺が今怪我をして体力が落ちている所為かもしれないが、これを振るにはかなりの力が必要だろう。
それをあの男は三百以上も振っていたのか…。
元々負けず嫌いな性格をしている俺は、それに一気に火が点いた。
毎日夜中に抜け出し、丸太を振る。
持ち手は長年使われている所為か滑らかになっており、ギュッと握らないと滑り落ちてしまう。
おかげで手には血豆が大量に出来て固くなって痛いし、まだ傷が殆ど治っていないのに動くもんだから傷が開いて更に痛い。
それでも止める訳にはいかない。
しばらくそうやっていたある日、いつものように道場へ行って自分にあてがわれた部屋に向かう途中、塀の外から話す声が聞こえた。
その内容に、俺は体が動かなくなる。
その内容は、明日この道場に男共が殴り込みに来るという事。
俺をかくまって世話をしたのがバレて、それに怒っての行動らしい。
有志は俺が寝床にしていた廃寺に集まり、午後にはこちらに向かって来る。
この道場には殆ど門下生は居やしない、せめて動けるであろう人間はあのお人好しの男だけ。
じじいもガキもきっと大して動けないだろう。
想像した男が倒れる姿に、父や母の姿が重なる。
させやしねェ。
あの男には世話になったんだ。
こんな捻くれたガキに飽きもせず話しかけてきたんだ。
こんな大切な物すら護れねェ、弱っちィガキに笑いかけてきたんだ。
もう何も壊させねェ。
今度こそ、大切な物は護り抜いてみせてやる。