志裏偉事
□沈んで浮いて
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次から次へと来る相手も容赦なく叩きのめして、倒れている相手の懐にあった銭と道場内にあった食料を持って、寝床としているいつもの廃寺へと向かう。
今日はかなりの金と食料を稼いだんじゃないだろうか。
何故か現代ではなく二〜三百年ほど前に生まれ、金も家も無い俺は、こうして道場破りまがいの事をしなけりゃ明日を迎える事なんて出来やしない。
おまけに家族も居ない。
…いや、居なくなった…と言うべきか。
生まれた家はそれなりの武家の家系だったらしく、デカい家だし道場もあった。
着る物にも食い物にも困らなかったが、父親は厳しく、剣の腕も相当のもので。
その強さに憧れ必死に父に剣を習ったがそうそう上手くなれるはずもなく、何度叱られた事か知らない。
だが対照的に母は優しく、名前としての両親には悪いが、この時代に生まれて良かったと思うくらいだった。
――だがそれも、長くは続かなかったが。
俺が労咳…結核にかかったからだ。
この時代の結核といえば不治の病と言われる程の難病だったはずで、しかもかかった時の俺はまだ子供。
死ぬ確率の方が明らかに高かった。
そんな俺にかいがいしく世話してくれたのはやはり母で、感染するかもしれないというのに付きっきりで看病してくれた。
厳しかった父も、時折俺の様子を心配そうに見に来ていた。
そのおかげか時間こそかかったりやせ細りはしたが、病は治り、元の元気を取り戻せた。
取り戻せたのに。
俺と入れ替わるように、母親が労咳にかかった。
その次に父親が。
次第に廃れていくこの家に用は無くなったのか、だんだん周りから人は居なくなっていく。
母の後を追うように父が死んだ頃、周りには誰も居なくなっていた。
俺がまだ十四の頃だった。
持てるだけの少ない荷物と父の刀、母の簪、あるだけの金を持って屋敷に火を点けた。
中に取り残した母と父の遺体と共にこれまで過ごした全てが燃えていくのを、燃え尽きるまでぼんやり眺めて、空も屋敷も真っ黒になった頃、ようやく歩き出した。
どこに行く訳でもなく、どこに居場所がある訳でもなく、ただただ歩く。
目の前に広がる真っ暗闇は、どうにもあの死んだ時の暗闇に似ていて、仕方なかった。
だんだんと重くなる脚。
海に沈んでいくような、あのじわりじわりとのしかかる水圧が体中にまとわりついているような気がした。
この暗闇の先には何かあるのか。