「名無し」
「え?」
玉藻の車が去った後、俺は名無しの名前を呼んだ。
振り返ってきた名無しは暗闇のせいで俺の顔が見えないのか、目を凝らしている。
再び、名無しの名前を呼ぶと名無しは気が付いたのか一瞬嬉しそうに笑った後、なぜか気まずそうに俯いた。
「先週、飯作ってくれる約束したろ?今日良いか?」
「え…。えっと…」
なんでそんな嫌そうな顔するんだよ。
あいつにはとびっきりの笑顔見せてたくせに。
「ダメか?」
いちかばちか。
もう一度、問いかけると名無しはゆっくりと頷いた。
あまりのショックに言葉が出ない。
「ごめんね。今日はちょっと…」
じゃあ、と言って名無しはアパートの階段を上っていく。
俺は名無しを追いかけた。
追いついたところで、腕を掴み立ち止まらせる。
名無しは振り返らなかった。
「なあ…。なんで避けるんだ。俺、お前になんかしたか?」
「……………」
「黙ってちゃ分からないだろ」
掴んでいた名無しの腕は震えていた。
通り過ぎる見知らぬおばさんが、俺をストーカーのような目で見る。
ああ、もう。
俺は名無しの彼氏だろ…。
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