the transient world

□結局どっちも苦労人
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「ふふふ」


頬杖をつき、コーヒーを見つめていた鵺野の隣で、律子が不意に笑みを零した。

不思議そうに鵺野が律子を見ると、律子は楽しそうな口調で言った。


「鵺野先生は幸せ者ですね」

「え…」


どこが?といった表情で鵺野は律子を見る。
すると律子は、丸付けという作業を中断し鵺野と同様――名無しに淹れてもらったコーヒーを手にした。


「二人の女性に愛されて。幸せ者だと言ったんですよ」


ふうふう、とコーヒーカップを両手で包みこみ息を吹きかける律子。

鵺野は苦笑を浮かべながら、律子の言葉を否定した。


「愛されるっていいものじゃないですよ。愛もあそこまで行くと、ちょっと」

「まあ。贅沢ですね鵺野先生。名無し先生いつも嘆いてますよ保健室で。鵺野先生がふり向いてくれないーって」

「…………」

「あんなに愛されてて、答えを出してあげない鵺野先生も先生ですよ」

「はあ…」

「彼女も苦労してるんですよ。表ではあんなですけど、ね」


ごくり。律子はもう冷めているだろうコーヒーを一飲みし再びペンを片手に持った。

しゃ、しゃ、というペンの先を滑らせる音が静かな職員室に響く。

鵺野は無言でコーヒーの水面を数秒見つめた後、逃げるかのように職員室を出た。




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