the transient world

□嫉妬深いお兄ちゃん
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「いいよ、別に」

「え…まじで!?」


両手に教材の段ボールを抱え、階段を上る名無しは不機嫌そうに呟いた。


名無しが不機嫌なのは他でもない克也が前日になってデートに行けないと言い出したからだ。

名無しとしては、一ヶ月前から計画しお弁当の下準備までしていたのに残念極まりなかった。

本当は嫌だといいたい。

しかし…。


「わりいな。愛美と約束したの忘れてて…」


理由が克也の妹、愛美の為なら仕方がない。

あろうことか克也は愛美との約束がありながら、すっかり忘れて名無しとの予定を入れてしまったのだ。


「(愛美ちゃんも楽しみにしてるだろうしなぁ…)」


悪いのは克也であって愛美には罪はないと、そう割り切って名無しは克也の願いを了承した。


「愛美ちゃんの為だからね!克也の為じゃないんだから」

「わかってる!ぜってー埋め合わせすっから」


笑顔を浮かべる克也に、名無しはため息を吐く。

できれば今度からは予定が合わないように気を付けてもらいたいものだ。


「明日暇になちゃったなぁ…。あ!確か広が一緒に遊びに行こうって誘ってきたっけ」

「広が?」

「うん。でも断っちゃったの、デートあったから」

「……………」






「明日遊べるよってメールしとこっと…」

「…………二人でか?」

「え?」


よいしょ、と名無しは教材を持ち直す。

ふと隣にいた克也がいないことに気が付いた。


後ろを見れば、足を止めて立ち止まる克也の姿。

さっきの能天気な顔とは違い、複雑な表情を浮かべている。


「どうしたの?具合でも悪い?」


心配した名無しが声をかけると、克也は何かを思い立ったように顔を上げた。


「名無し、明日こい」

「……………」

「やっぱ三人で出かけよう」

「意味わかんないよ」


理解ができていない名無しを尻目に克也は再び歩き出す。

そして名無しの手から教材の入った段ボールを奪うように持つと、階段を駆け上がった。


「デートはほかの日に埋め合わせする」

「うん。わかってるよ?」

「明日は名無しも来い。愛美もそっちのほうが喜ぶだろうし、三人で遊ぼうぜ。嫌か?」

「え…嫌じゃないよ。愛美ちゃんがいいなら、むしろ行きたいぐらい。でもなんで突然…」




「お、…お前が広と二人で出かけるなんて気に入らないんだよ」


「……ふふ」

「何笑ってんだか。彼氏の前でほかの男と遊びに行くとか話すなよな」

「そっか。そうだね」


綻ぶ頬を名無しは抑えることができなかった。

これは完全なる克也の嫉妬。

名無しが広と二人で出かけるのが気に入らなかったようだ。

デートは中止になってしまったものの、克也の不器用な愛情表現に思わず笑みがこぼれる。


「私、別に広と二人きりで行くって言ったわけじゃないのに」



「あ?なんか言ったか?」

「ううん、荷物重いでしょ。私が持つからいいよ」

「ばかやろ。男が女に重いもん持たしてどうすんだよ」

「頼もしいねえお兄ちゃん!」






end嫉妬深いお兄ちゃん






翌日


『愛美ちゃん!次こっち行こうよっ』

『うんっ。あ、お兄ちゃん早く早く〜!』

『ケッ。二人だけで楽しみやがって…』

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