the transient world

□ありがちな恋よりも
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「君ってそういうの好きだよね」

「へ?」


茜色に染まる空。
図書室で一人、本を読んでいた名無しはいきなり耳に入ってきた声に、間の抜けた声を出した。

後ろを振り返れば、窓に凭れかかり名無しを見る絶鬼の姿。

無表情のその顔からは、絶鬼が何を考えているのか全然読み取れない。
けれど彼の繊細な指先は、名無しが読んでいた“人魚姫”の本を指していた。


「人魚姫だっけ。人面魚の本なんかよんで楽しいの?」

「じ、人面魚の本じゃありません!!淡く切ない物語です!」

「へえ」

「……はあ」


嘆息して名無しは席を立ちあがる。
そして、本棚のほうに足を進めると人魚姫の本を元の場所に戻した。

もう帰ろう。
そう思って振りかえると――。


「きゃあ!」


目の前に広がる絶鬼の顔に名無しは軽く悲鳴を上げた。

二人の距離は数センチほど。
全く気配を感じさせずに、絶鬼は名無しの後ろに立っていた。


「失礼だね。人の顔を見て驚くなんて」

「ち、違うよ。いつの間にか後ろにいたからでっ」

「…………」


無言で見つめてくる絶鬼に言葉を詰まらせる。
すると名無しの頭上に彼の腕が伸びた。
その腕を目で追う。


「この本もこの本も、こっちの本も。君がこの前読んでたやつだ」

「だ、だからなんなの?」

「君ってバッドエンドが好きなんだね」

「え…」

「だって全部、悲恋モノじゃない」


名無しが読んでいた本。
それは絶鬼が言うとおり、ロミオとジュリエットや人魚姫など――すべて悲しくバットエンドともいえる話ばかりだった。

確かに、その二作品は純粋に好きだ。
何回も、何十回も読み返すほど。
けれど、好きな理由といえば考えたことはなかった。

よくよく考えれば、絶鬼の言うとおりで自分は悲恋物が好きなのかもしれない。


「それは…だって、ありきたりなものは嫌だもの」


沈黙の後に、名無しが口を開く。
すると絶鬼は口端を上げて、笑みを浮かべた。
彼の瞳は、金色に映えていて。
そんな瞳に見つめられれば、名無しは一歩も動けなくなる。

これは鬼の力だろうか?


「ふーん」

「ただ恋人同士になって幸せに終わるものより、障害があるほうが物語として素敵じゃない?」

「意外だ。じゃあ僕との恋も、鬼と人間の恋ってことで悲恋な終焉のほうがいいんだね」

「ええっ!」


絶鬼の顔が近づいてくる。
そのまま、短いその距離はまた詰められて。

あっという間に、本棚と絶鬼に挟まれるという体制になってしまった。

顔を赤くして、名無しは俯く。

悲恋な物語は好きだけど、それが自分だった場合。
絶鬼と別れてしまうなんて――。


「――嫌、かも…」


蚊の鳴くような声で呟けば。
まるで予想通り、と絶鬼が笑ったような気がした。


「でも君はありきたりが嫌いなんだからしょうがないんじゃない?」

「……絶鬼のいじわる…」

「…君が言ったんだよ」




「だって………――っ!?」


両腕を抑えつけられ、名無しは完全に動けなくなる。


「ありきたりでもいい?ありがちな恋でもいいの?」


絶鬼が問いかける。
そして名無しの答えを聞くよりも早く。
唇を重ねる。


「ちょ、ぜっき――」


一回離れて、また深く。
啄ばむ様に口づけをすると、名無しは耳まで真っ赤にして、手を震わせた。

キスをした後に、恥ずかしそうに見上げてくる彼女が愛しい。

そんなことを思いながら、手を離してあげると彼女はぺたりと床に尻もちをついた。


「ば、ばか!絶鬼のばか!」

「馬鹿に馬鹿とは言われたくないよ」


ほら。と絶鬼が手を差し伸べる。
名無しは差しのべられたその手を数秒間睨みつけていたが、ありがとうと小さく呟いて手に取った。


「ありがちでもいいかな…。私は」

「それが一番だよ」






endお姫様が望むなら、バッドエンドもハッピーエンドに










§あとがき


未稀さまよりリクエストの絶鬼甘夢でした!



 

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