the transient world

□結局どっちも苦労人
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「鵺野先生は私のですぅ!!」

「いいえっわ、た、し、のですっ」

「やめてくれ二人とも!」


腕が外れそうなほど、両方から引っ張られた鵺野はいつもの光景に頭を悩ませていた。

左にはゆきめ。
右には名無し。

鵺野を溺愛する二人から挟まれ、取り合いをさせられる毎日。
そんな二人の戦いは、日ごとに激しさ増していき鵺野もどうすればいいのか悩んでいた。


―――――…


「はあ…」


今日も、壮絶なバトルが終わりホッと一息。
職員室に戻り、自身の机に腰掛けた鵺野は疲れ果てていた。

くすくすと隣で笑う、律子。
鵺野を憐みの目で見つめる同僚の職員たち。

ここは平和だ。
恐ろしい二人の少女の愛に殺されかかることもない。

そう思った矢先。


「はい、鵺野せんせ♪」


横を見れば、笑顔を浮かべる名無しという名の悪魔がいた。


「んぐぎゃああああ!!」


悲鳴を上げ、椅子から崩れ落ちる鵺野。
その鵺野の姿に、名無しは不機嫌そうに鵺野を見た。
私をなんだと思ってるんですかぁ〜、と悪態をつきながらもしっかり手を差し伸べる。

そういう些細なところに彼女からの愛を感じながら、差し伸ばされた手につかまり鵺野は立ち上がった。


「あのね。俺は君に殺されかかったんだぞ!しかも一度じゃない。毎日だ、ま、い、に、ち!」

「同僚の、校医がわざわざコーヒーを淹れてあげたというのに」

「それはそれ。これはこれ!」

「鵺野先生、照れてるんですね!ふふふ。コーヒーを入れた甲斐がありました」

「おいおい…」

「はい。私の愛情たっぷりコーヒーですよ」


えへへ、と名無しは湯気を立てるコーヒーを鵺野の机に置く。

鵺野は不満げに名無しを見ながらも、出されたコーヒーカップに手を伸ばした。

二、三回淹れたてのコーヒーを飲み込む。
しかしそれ以上は間近で、しかも満面の笑みを浮かべて見つめてくる名無しのせいで飲むことはできなかった。

飲み込むたびに「おいしいですか?」「私の愛が――」といわれるのはさすがに精神が持たない。

コーヒーをテーブルに置くと、彼女もつまらないというかのように顔を顰めたがその後は潔く仕事場へと帰ってくれた。


「じゃ、わたしはこれで。校医は保健室に戻らせていただきますー」


最後の最後まで手を振って、職員室を去った名無し。

男性職員は羨ましいと言った顔で見てきたが、今の鵺野にはやましい気持ちなど一つもなくただただ、疲労感だけが漂っていた。




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