the transient world
□都合上
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「こらっ早く帰れお前ら!」
「――っ」
恋人である鵺野を小学校の昇降口前で待っていた名無しはいきなりの怒声に肩をビクリと震わせた。
なんだろう、と振り返ればいきなりの突風。
数秒もしないうちに、小学生の数人が後ろから横を通り過ぎていき、雨の降る街中に消えていった。
「傘差さないで大丈夫かな。小学生って元気…」
手に持っている黒い傘を握りしめ、空を見上げる。
いきなりの雨。
干していた洗濯物をしまい、一息ついたところで恋人の鵺野が傘を忘れて言ったということに気付き迎えに来たのはいいが。
少一時間、待っていても一向に出てくる気配がない。
まさか、下校中の生徒に紛れて帰ってしまったのでは…という思考を走らせる名無しだが、あえて考えないことにした。
「…っくしゅ!」
ぶるりと肩を震わせくしゃみをする。
季節は冬。やはりもう少し厚着をしてくれば良かったと後悔しながら悴む(かじかむ)手に息を吐いた。
――その瞬間(とき)。
「名無し?」
聞きなれた声が背後に掛かる。
振り返ればそこには靴を外靴に履き替えている鵺野の姿があった。
「あ、えっと。か、傘を…!」
待ちに待っていた鵺野がきて嬉しい半面、いきなりの事で慌てる名無し。
そんな名無しの姿に鵺野は軽く吹きだしそうになりながら問いかけた。
「待ってたのか?」
「えっ、あ、はい…」
顔を赤く染めながら答えれば鵺野が怪牙そうな表情を取る。
雨の音が耳に響くほどの沈黙が続き、生徒たちの声が遠くなっていった。
鵺野が何を考えているのか良く分からず、更に名無しは俯きながら傘を握りしめる。
すると鵺野は口を開き。
「………でも名無し、傘一つしか持ってないじゃないか」
名無しにとって予想外の言葉を出した。
あ、と思い出したかのように名無しは手元にある傘を見る。
馬鹿なのか天然なのか、そこにはしっかりと鵺野用の黒い傘があり、名無しの分の傘がない。
これでは傘を届けに迎えに来た意味がなく、まるで恋人と相合傘をするために自分の分を持ってこなかったような…、そこまで考えて思考を止める。
名無しは気付いた。
今この場では自分が恋人である鵺野と相合傘をしたくてたまらないウザい女に写っているかもしれない、ということを。
「あ、べ別に相合傘をしたくて忘れたわけじゃなくてっ…!」
「え、あ…あー」
あははっ、と鵺野が笑みを零す。
そのまま鵺野は慌てふためき、顔を真っ赤に染める名無しの頭に手を添えた。
「傘を届けてくれてありがとう名無し。しょうがないからこの傘は二人で入ろうか」
「はーい…」
頭を撫でながら、お前は可愛いなーと微笑む鵺野に恥ずかしそうな表情を浮かべて傘を広げる名無し。
そして二人の姿は相合傘のシルエットともに雨の中へと消えていった。
「(まあ、相合傘…というか、こっちのほうが好都合なんだけどな…)」
相合傘をしながら鵺野がその様に思っていたなんて名無しは気付くはずもなかった。
end こっちのほうが好都合
§あとがき
この頃雨が多くて、コンビニに出掛けた際に、相合傘をしている可愛いカップルがいたので書いてみました。