夢の痕

□言いたい事は言いましょう。
1ページ/1ページ





だだっ広い居間を丁寧に掃除する名前を、ルチアーノは飽きもせずにじっと見つめていた。

名前も、視線が気になりはするが、先日のプラシドとは違って「そこ、掃除したいので避けて下さい」と言えばどく。邪魔にならないため特に文句も言わず、今は大きな窓の桟を拭いていた。


そんな中、ずっと黙っていたルチアーノが、口を開いた。





「ねえ、名前さ」

「あ、はい何でしょうか」

「幾らくらい貰ってんの」

「は、」

「給料だよ。プラシドから、幾らくらい貰ってる?」


色々と、考えるべき事は多かった。

自分の雇い主はプラシドだったのか、とか。
この人たち、家政婦の雇用に関しての情報は共有してないのか、とか。
あと、何故ルチアーノが給料の額なんかに興味があるのか、とか。



ただ、聞きたい事の量に比べて、名前が答えるべき内容は少ない。




「お給料は、頂いていません」


ルチアーノが、とてもとても分かりやすく「はぁ?」という顔をした。



「貰ってないって、じゃあアンタ、ただ働き?」

「いえ、そういう訳では。食費も住居も、負担して頂いていますし」

「ぶぁっかじゃないの!?そんなん、プラシドがケチってるに決まってんじゃん!」


そんな事は無いとは思うが、ルチアーノが反論を許さない雰囲気なので黙っておく。


「少しはお金くらい貰ったら?名前だって、買いたいものくらいあるでしょ?」

「いえ……食事は充分足りていますし、お洋服も、支給して頂いた分で」

「アンタまさか、休暇も貰ってないの?」


こくん、と頷くと、ルチアーノはあからさまにあからさまな溜め息をついた。



「あのさぁ、大人しいのは良いんだけど、もう少し言いたい事言って良いんじゃないの?」

「いえ、私は本当に」


そもそも家事が好きだし、家事の合間にふかふかのソファでのんびりするのも、なかなか楽しいのだ。

買い物以外に外出しないのは不健康かなとは思うが、掃除のために結構動いているので、大丈夫かなとも思う。





「欲が無いんだか、主張が薄いんだか。まあ良いや。名前さ、デュエルやってたって前に言ってたじゃん」

「はい、まあ」

「また始めたら?」

「………………」

「ボクの相手、してよ。プラシドもホセも、手の内知り尽くしちゃってるからつまんないんだよねぇ。アカデミアの奴らは低能だしさ」

「アカデミア?」


聞いた事のあるような、無いような。


「デュエルアカデミアだよ。まあ、それは良いや。とにかく、プラシドに言って給料貰ってよね!」

「あ、はあ……」



名前にしてみれば、今の生活は本当に充実している。
ただルチアーノが言うように、もしも許されるならば、多少の贅沢はしてみたい訳で。




そんな複雑な思いを抱えつつ、名前はプラシドの私室の前に突っ立っていた。




(どうしようかな。今更って感じだけど、当然と言えば当然の要求な気もするし)


何にせよ、いつまでもここで並んでいる訳にもいかない。
名前は、プラシドの部屋のドアをノックした。
しばらくして、「入れ」と素っ気ない返事。そっとドアを開ければ、モニターに向かうプラシドの背中があった。どうやら、誰かのデュエルを観戦しているらしい。



「何の用だ」

「あの、私だって、すぐに分かりました?」

「わざわざ部屋を訪ねて来る人間など、お前以外にいない」


何となく納得した名前は、プラシドの視界ぎりぎりに入るくらいの位置に立つ。



「その、今日はですね、少し相談が……ありまして」

プラシドは相変わらず、モニターから目を離さない。
聞いているのかいないのか。その辺りはよく分からなかったが、とにかく名前は続けた。



「あの、つまり………お願いが、あって、ですね」

「……………」

顔すら上げないプラシドに些か不安にはなるが、ここまで言ってしまった以上、やっぱり何でもないですでは済まされない。



「…………少しで良いので、お給料を、頂きたいんです」

「………………」

「…………あのー……プラシド、さん」

「………名前」

「あ、はい!」

「言いたい事は、それだけか」


プラシドの声はやや怒気を帯びており、名前は一気に緊張してしまう。



「す、すみません……迷惑ならば、今まで通りで一向に構わないです………はい」

「………………いや」

「え?」

「………給料くらい、やる」

「ほ、ホントですか!」

「貴様は、オレがそこまでケチな人間だとでも?」

「いえ、そうではなく!ただ、先程のプラシドさんが、怒っていらっしゃるようでしたので」

「………………」


プラシドは知らんぷりで、相変わらずモニターから目を離しめしない。


「で、幾らくらい欲しい」

「この世界の貨幣価値が分からないのですが、少しで充分です」

「………………」

「あのー……怒っていらっしゃる訳では、ない……ん、ですよね……?」

「分かった。週末には準備する」


文句が無いなら出ていけ、と言われてしまえば、出ていかない事にはどうしようも無い。
名前は何度もプラシドに頭を下げ、部屋を出ていった。








「……で、ルチアーノ。貴様はいつまでそこにいるつもりだ」

「あ、ばれてた?」


ベランダに続く窓から、ルチアーノがひょっこりと顔を出す。どうやらベランダに潜んで、一部始終を見ていたらしい。


「プラシドが名前の頼みを断ったら口出ししてやろうと思ったんだけど、出番無かったね」

「…………用が済んだなら出ていけ」

「ねえねえ、プラシドさ」

「………………」

「名前が、ここを出て行きたいって言うかと思った?」

「………………」

「きひひ、どんぴしゃ?」

「黙れクソ餓鬼」


プラシドが怒気を含んだ声で一言だけ言うと、ルチアーノはまた、馬鹿にしたように笑った。






(ルチアーノくん、この辺りにカードショップはありますか?)
(一緒に買い行こ!)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ