夢の痕
□義理人情は、通してなんぼ
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「あのー……プラシドさん」
名前は、テレビ画面の前から全く動かないプラシドに、困った様に話し掛けた。
「そこ、掃除したいんですけど……」
「……………」
「プラシドさん……」
「……………やはり、」
「は、はい?」
プラシドは意味不明な一言を発すると、唐突に立ち上がった。ようやく掃除が出来ると喜んだ名前だったが、それも束の間。すぐに掃除機を取り上げられてしまった。
「挨拶に行って来い」
「はい?挨拶って……」
「俺たちの仲間は、他にもいる。挨拶くらい、しておくのが礼節だろう」
この人、礼節なんて言葉知ってたんだ……なんて、酷く失礼な事を考えながら、名前はプラシドからメモを受け取った。
「地図通りに行けば、そこに居る筈だ」
「えーと、何という方なんですか?」
「行けば分かる。全体的に青っぽい奴だ」
「(青っぽい……?)はあ、分かりました……」
そんな訳で、名前は一旦掃除を中断して、プラシドに貰ったメモの場所へと向かった。
「…………っていうか、ここって」
びっくりする程、迷わずに着いた。
そう。目的地は、何日か前にお世話になった、遊星の家だった。
「プラシドさんの仲間って、まさか遊星さん……?」
アニメでそんな展開あったっけ?と、名前はロクに見ていないアニメを思い出してみる。そもそも、プラシドたちの存在すら記憶に無いのだから、その行為には何の意味も無いのだが。
入り口の前で困っていると、突然背後から肩を叩かれて、名前は思わず飛び上がった。
「ふへっ!?」
「あ、ごめん!驚かせちゃったね」
振り向くと、青い髪の優しそうな青年。
「(青っぽい……かな、この人)」
「こんな所で何してるんだい?遊星に用?」
「あ、えっと……私、人を探していて。プラシドさんのお仲間さんで」
「プラシド?」
ああ、と青年が頷く。
「それ、多分ボクだね」
「え?あなたが……?」
もっとプラシドっぽいスタイルを想像していた名前は、目の前の青年の、あまりの普通さに驚く。
「とりあえず、中で話そうか」
青年に招き入れられ、名前は建物の中へと入る。
イリアステルの家で出されるものより、随分と庶民的なお茶を煎れてもらい、名前はソファに座っていた。
「じゃあ改めて、ボクの名前はブルーノ」
「ブルーノ、さん……(ホントだ……青っぽい)」
「もっとも、イリアステルたちの前では『アンチノミー』なんだけどね」
「ア、アン……?」
「ふふ、ブルーノで良いよ」
首を傾げる名前を見て、ブルーノは可笑しそうに笑う。
「ボクは確かに、イリアステルの仲間だ。それでもこうして、ブルーノとして過ごさせてもらってる」
「…………」
「とても有難い事だと、思っているよ。ところで、君は……」
「あ、はい」
そういえばまだ自己紹介をしていなかった事を思い出し、名前は口元まで持ち上げていた湯飲みをテーブルに置いた。
「私は、名前という者です。訳あって、イリアステルの皆さんのお家に居候をさせて頂いています」
「居候?」
「はい。ジャックさんの勧めで……」
「……………はぁ、」
何かマズい事でもあるのか、ブルーノは溜め息をつく。
「名前ちゃん、大丈夫かい?嫌がらせとかされてない?」
「へ?はあ、皆さん良い方ですよ」
「そうか。それなら良いんだけど」
そういえば、遊星も最初は随分と居候に反対していたし、プラシドたちはそんなに嫌な人なのだろうか、と、名前はひとり考える。
「ブルーノ!帰ってたのか……っと、」
部屋に現れたのは、この家の主。
遊星は名前に視線を向け、名前はぺこりとお辞儀をする。
「この間は、お世話になりました」
「あ、ああ………名前、だったよな。その後は大丈夫か?」
「はい、お陰様で」
やっぱり、遊星さんは好い人だと、名前の頬が緩む。
「今日はプラシドさんに言われて、ブルーノさんに挨拶に来たんです」
「わざわざか?」
「はい。でも、行けって言って下さったのはプラシドさんで」
「アレで結構、義理堅いのかもね」
その後、名前とブルーノ、そして遊星は、他愛の無い話で盛り上がった。
名前が「料理が得意だ」と言うと、今度作りに来てくれと頼まれる。
そしてその話題で気が付いたのだが、
「あ、夕御飯作らなきゃ!すみません、私、もう帰りますね」
「ああ、ごめんね、時間取らせちゃって」
「いいえ、楽しかったです!」
名前はひとりで帰れると言ったのだが、遊星は律儀にも送って行くと言う。
折角の好意には甘える事にして、名前と遊星は、薄暗くなった通りを並んで歩いていた。
「名前、向こうはどんな様子だ?」
「皆さん親切で、綺麗なお部屋も貸して頂いてますし、本当に有難いです」
「そうか……」
「………………」
「………………」
どうやら遊星は、余り喋りたがるたちではないらしい。
しかし名前には、その沈黙もどこか心地良かった。
「あ、ここです。遊星さん、わざわざありがとうございました」
「いや………別に」
「では、お休みなさい」
お休み、と名前を見送っても、遊星はしばらく大きな屋敷を見つめていた。
もしかしたら、予想以上の変化が起こっているのかも知れない、などと考えながら。
(遅いっ!)
(ご、ごめんなさいい!)