夢の痕
□飼えないのに拾って来ちゃ駄目
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「…………成る程。それで、名前を拾った訳か」
「そうだ。今まで、おかしな事を言い出した奴を放っておいたら、ロクな事が無かったからな」
(拾ったとか放っておくとか、ホント人をネコ扱いしてるなあ……)
名前は2人の会話を聞きながら、部屋にあるものを何となく眺めていた。生活するのに必要最低限のものしか無い。
「で、どうするんだ」
「知らん」
「相変わらず無責任だな。しかし、生活するアテも無いとなると……」
「良い案はあるぞ」
何も考えていないかの様なジャックの意外な言葉に、遊星と名前はジャックをじっと見つめた。
「イリアステルの奴らに預ければ良い。あいつらは未来から来たと言っていたしな。未来から来たも異世界から来たも、同じようなものだろう」
「帰り方も知っているかもしれない……か。一理あるが、奴らに預けるのは……」
何やら揉めているらしい。
名前は仕方無く、口を挟む決心をする。自分の事で話し合ってもらっているのに、こうも自分が蚊帳の外では申し訳無い。
「あの……私は、遊星さんやジャックさんに迷惑をかける訳にはいきませんし……自分で何とかしてみます」
「そういう訳にはいかない。やはり、イリアステルに掛け合ってみるのが得策か。あそこは、屋敷もやたら大きいしな……」
「よし!そうと決まれば行くぞ名前!」
「はい!あ、はい!」
いやにハイテンションなジャックに連れられて街に出る。
ガレージを去る時に、遊星は申し訳無さそうに名前を見つめていたのだが、ジャックはその辺り全く何も感じていないようだった。
「あのー、ジャックさん」
「心配するな。もう悪い奴らではない」
「もう……って、前は悪い奴らだったんですか?」
「ああ」
(それって、大丈夫なのかな……)
一抹の不安を覚えながらも、拾ってもらった身である以上、大人しくついていく。
「もう」悪い奴らではないとは言っていたし、大丈夫だとは思うが……。
「ここだ」
「ふわ、おっきいお屋敷ですね……」
「無駄にな」
ジャックがインターホンを押すと、上品な屋敷に相応しい上品な音色。そして、人の声。
ジャックが名乗った瞬間に接続が切れた気がするのは、気のせいだろうか。
「あの、ジャックさん」
「プラシドめ、俺と分かった瞬間切りおった」
「向こう様に迷惑なら、私は……」
「いや、奴は俺を嫌がっているだけだ。それに、こんなでかい屋敷に3人だけなど勿体無いだろう」
無理矢理な理屈を通すつもりか、ジャックはインターホンを連打する。
プラシドと呼ばれる、家の主が苛々しつつ出て来るまで、そう時間はかからなかった。
「…………で、そのお荷物を俺たちに押し付けに来た訳か」
「名前、何か言ってやれ」
「不束者ですが、宜しくお願いします」
「誰が引き取ると言った!」
プラシドがテーブルを拳で叩く。
しかしその剣幕を華麗にスルーして、ジャックは既に帰る気満々で、脱いでソファーにかけていた白いコートを着始めていた。
「じゃあな名前。何かされたら、遊星に言い付けると良い。そこの雑魚は、未だに遊星に勝てないからな」
「貴様にだけは言われたくない」
「プラシド」
軽口を言い合っていたジャックの雰囲気が急に変わり、名前は顔を上げてジャックを見る。
「人助けだ。罪滅ぼしだと思え」
「……………」
そしてジャックは、見事に名前を押し付けて帰っていった。
残された名前は、やはり気まずく、そろりとプラシドを盗み見る。
「…………おい、」
「は、はいっ!」
「名前は、何と言った」
「名前です」
ジャックが何回も呼んでたのになあと、名前は覚えられていない事に若干落ち込む。
一方のプラシドは、そんな事は一切気にしていないらしく、名前を値踏みするように、上から下までじろじろと眺めた。
「名前。貴様、家事は出来るか」
「家事……ですか。まあ、食事洗濯、掃除……と、裁縫程度なら」
「充分だ。働かない人間が飯を食えると思うな」
「つまり、この家で家政婦をやれば、ここに置いて頂けるという事ですか?」
「仕方無く、だがな」
名前は、改めて部屋の中を見回した。広く、上品で、それでいてこざっぱりとした部屋。
料理も掃除も、大体の家事全般は得意だし、好きだ。それに、この屋敷のデザインは名前の趣味に合っている。掃除のしがいもありそうだ。
「えへへ………ありがとうございます」
「ふん」
(ところで、イリアステルって何だろう?)