瀬尾島の狗

□風邪の特権
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「ごっ、ごほ…」
昨晩はひどく冷え込んでいた。そのせいなのか、蘭丸は夜中から明け方にひどく咳き込んで目が覚めた。
カーテンから覗く外の景色は既に白々としており、夜が明けているのが見て取れる。
「っ、げほ、げほ…」
蘭丸は再びキングサイズのベットに潜り込んだ。先ほど自分がいた場所は暖かいが、小柄な彼の触れていた部分なんて小さな面積だ。
体を丸め、自身を包み込むように眠る。頭がぼぉっとするあたり、熱も上がっているのだろう。
「あの人、来なければいい…」
彼の忙しさは重々理解している。自身を閉じ込めているに間違いはないが、自分が生きているのは紛れもなくあの男のおかげなのだ。
「寝よう…」
風邪なんて、移してられない。
言葉に出して、蘭丸は再び眠りについた。


「っ、る…、…まる…」
「…、うぅ…」
蘭丸がうっすらと目を開ける。目の前には、こちらを見下ろしている瀬尾島の姿があった。

あぁ、やっぱり来たんだ…

来なければいいのに。そう思うと彼は沸いて出たように姿を現す。今日のように。
「来てみればお前は虫の息だし。冷蔵庫は空だしなぁ。なんかあったら顔出すやつに言えって言っただろうが…」
「すみません、ちょっと」
自分だけ寝ているわけにも行かず、蘭丸は重い体を持ち上げる、グラリと視界が揺れていたが、意地で耐えてみた。
「無理すんな。今おかゆでも作ってやるから、寝てろ」
男の言葉に蘭丸は跳ねるように起き上がった。腕まくりをしてベッドを離れようとする瀬尾島にしがみつくように腕を取る。
「いいんです。本当に…」
「…お前熱が39度もあんだぞ。食って寝ろ」
ピシャリと言葉を叩きつけられ、腕を払われる。瀬尾島は蘭丸に背中を向けてキッチンへと消えていった。その姿を蘭丸は虚ろな目で見ていた。

「瀬尾島さんは非常に忙しい方です。あなたを気に入った理由はよく理解できませんが、彼の迷惑となる行為だけは控えて頂きたい」

一日一度、部屋に人が来るのだが帰り際必ずこの台詞を言われる。暴君と思っている彼が慕われているのも感じ取れた。
「うっぐ…」
自身の思うように動いていた体は鉛玉でも入っているのかと思うほどに重い。蘭丸はベッドに横になりながら倒れこんだ。体の中からドクドクと熱が溢れ出てくるように熱い。
「おい、なんか飲…。お前、しっかり布団に入ってろよ」
スポーツドリンク片手に瀬尾島が部屋に入ってきて、蘭丸の姿を咎める。蘭丸はゆっくりとずれながら頭を枕に落ち着けた。
「飲ませてやるよ」
瀬尾島がペットボトルのキャップを外し、口を寄せた。トクトクと咥内に半透明の液体を流し込むと、そっと蘭丸の頭の下に手を差し入れた。
「…っ、ふぅ…」
蘭丸の唇に瀬尾島が被さり、ゆっくりと液体を流し込む。蘭丸は抵抗せず、咥内で温まった液体を飲み込んだ。
飲み込んだのを見計らいながら、瀬尾島は何度も何度も同じ動作を繰り返す。蘭丸はいつしか自分から強請るように口を開いて彼から注がれるスポーツドリンクを喉を鳴らして飲んでいた。
「いい子だ、素直なヤツが好きなんだ俺は」
汗のかいた額にキスを落とし、瀬尾島は蘭丸をベッドに横たえると再びキッチンへと消えていった。
「…」
唇に乗せられる熱さを感じながら、蘭丸は天井を見つめる。遠くで聞こえる軽快な包丁の音を耳に残し、ゆっくりと目を閉じた。


「蘭丸」
名前を呼ばれ、重い瞼を開けると片手に小さな土鍋を持った瀬尾島が立っていた。
「熱いから、さっさと下ろしてえんだけどな…」
はっとした蘭丸が慌ててベッド横のサードテーブルの上に置いている飲物を寄せた。瀬尾島が土鍋を下ろし蓋を開けると、中からフワリと食欲をそそる匂いが漂う。
「材料が材料だからな。こんなもんしか作れねえが腹の足しにはなるだろ?」
瀬尾島が作ったであろうそれは、ふわふわと湯気が漂い、食欲を誘う匂いと見た目に、蘭丸は驚いて目を見開く。
「イイ男で、料理も出来て裕福。どうだぁ蘭丸、完璧だろ?」
蘭丸の顎を持ち上げ、瀬尾島が蘭丸の唇を掠めるように奪う。頬にキスを落としながられんげを蘭丸に手渡した。
「さぁ、食って寝ろ」
ちらりと盗み見るように瀬尾島を見ると、彼は胸ポケットに手を突っ込んで、タバコを取り出したところだった。蘭丸と目が合うと、思い出したように胸ポケットにタバコをしまう。
「さすがに、病人にヤニはなぁ」
自分に言い聞かせるように言葉を吐き、瀬尾島は蘭丸の持っているれんげを奪い取る。
「食わせてやるよ」
土鍋の縁にれんげをあて、余分な米を削ぎ落としながら、蘭丸の口元へと持っていく。
「い、いただきます…」
遠慮がちに言葉を溢し、蘭丸は湯気が立つれんげに口を寄せた。熱い為、一口では食べれそうもない。咥内で転がしながら、ゆっくりと嚥下する。
「おいしいです」
「そうか、ならよかった」
瀬尾島も満足気に笑い、続けてれんげに掬う。蘭丸もゆっくりと頬張っていった。
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