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□におい
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「もー無理。別れようぜ、獄寺」
そう言って何分か前に部屋を出て行った山本。
山本に思い切り殴られたせいか、唇の右端が切れて血が出ていた。
(こんなんじゃ全然効かねぇんだよ!山本のアホ!!野球馬鹿!!)
事の発端は、ほんとくだらなくて笑っちゃうようなこと。喧嘩の原因なんて忘れた。なんだよ、ソレ今更だろ?ってくらいのしょーもねぇことだ。
だから忘れた。
山本に浴びせられた言葉たちが脳裏をよぎる。
『獄寺はいつもそうじゃねーか!』
『もう耐えられないんだよ!!』
『俺だって我慢してたんだよ』
『もう分かったよ』
『もういい』
『じゃーな獄寺』
『別れよ』
ふざけんじゃねぇ。何が我慢してた、だ。俺だっててめぇのムカつくとこなんていっぱいあるんだよ。数えだしたらキリねぇよ。
大体な、俺とお前じゃもともと合わねぇんだよ。10年間も一緒にいれたのが不思議なくらいなんだ。なのに何だよ今更。
無理とか言うな。耐えられないとか言うなよ。
山本に『別れよう』なんて言われたのは初めてだった。10年間付き合ってきて、色んなことがあったけどその言葉だけは、山本は絶対に言わなかった。
俺がどんなに理不尽なことを言っても、どんなに山本を傷つけるようなことをしても。俺はいつだって山本より十代目を優先したしボンゴレのことを一番に考えてきたし、正直言って山本のことなんて二の次、三の次だった。
それでも、今まで一度だって『別れる』って言葉を山本が発したことはなかったのに。
さっきまで山本と派手に殴り合いの喧嘩をしていたせいか、部屋中色んなモノが散乱して足の踏み場もない。
俺がアイツにムカついて一方的に殴りつけたことは今まで何度かあったけど、山本がそれに対抗して殴り合いになったのなんて初めてだった。
顔じゅう腫れあがって、めちゃくちゃ痛ぇ。
山本が居なくなった部屋はしんと静まり返って、まるではじめから誰も住んでいなかったみたい。
俺はその場に座り込んでしばらく何も出来ずにいた。ソファーに頭を項垂れたまま、放心状態。
ソファーに置いてあるクッションから微かに漂うのは山本のニオイだった。香水なんかつけない山本はいつも太陽の匂いがして、時々石鹸の香りがした。野球をした後は汗と土のにニオイ。仕事の後は時々血のニオイ。抱き合った後は甘いニオイ。
色んな山本のニオイを知っている。
「・・・・・っ、・・・・・っく」
俺は泣いていた。気がつくと、涙が止まらなくて、静まりかえった部屋に俺の嗚咽だけが鳴り響いていた。
なんてザマなんだ。情けない。格好悪い。信じられねぇ。こんな、女みたいに泣きじゃくるなんて。ありえねぇ。
それでも涙が止まらない。次から次へと溢れ出る涙。そして山本への想い。
「・・・・っ、・・・・っ」
涙ばかりがこぼれて止まらない。声が出てこない。
「・・・・本、山本ぉ・・・・・っ、うっ・・・・」
絞り出すように、泣きながら声にした山本の名前。
クッションを手に取って胸に押しつけた。
好きだ、山本。俺ちゃんとお前が好きだよ。だから別れようとか言うな。そんな簡単に諦めんじゃねーよ。倦怠期とか、そんなの知らねぇ。そんなのあるわけねぇじゃん。だって俺たち男同士だろ?
お前が好きな『ダチ』じゃねーのかよ?はじめはそうだっただろ?俺たちはそんな簡単に壊れるようなもんじゃねーだろ?
なぁ、そう言えよ山本。
そう言って欲しかったんだよ、お前に。
だけど俺たちはもうダチなんかじゃない。分かってんだ。おまえが俺に『好きだ』と言って俺が頷いたあの時から、俺たちはもう友達なんかじゃない。
山本と本気で殴り合って、手元にあったもの何でもぶつけまくった。山本の腹を思い切り蹴りつけてやった。俺だってお前に蹴り飛ばされて思い切り壁に体を叩きつけられた。
本気でぶつかり合った。
俺たちは男同士だからこそ、ダチだからこそ喧嘩した時は対等でいられる。はっきり言って俺はまだお前を認めちゃいない。十代目の右腕は俺だけだと思ってるし、お前が十代目やリボーンさんに一目置かれてるのは今でも気に入らねぇ。
だけど、山本になら本気でぶつかり合える。俺だっていつまでもガキじゃない。お前を認めてるところだってあるんだ。
なにもかも一緒にすんな。俺のこと信じろよ。
「山本っ・・・・、うっ・・・・」
好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。
別れたくない。ずっと一緒にいたい。これからも好きだと言って欲しい。独りにすんな。俺を見捨てんな。俺から離れていかないでくれ。
好きだ、山本。
かっこ悪いくらい俺は大声で泣きじゃくった。泣いてる間、頭の中は山本との色んな想い出が駆け巡っていた。
好きだと言われた日のこと。初めてキスしたこと。初めて抱き合ったこと。喧嘩したこと。山本に言われてきた数々の甘い言葉たち。
どれも全部忘れることなんて出来ない。別れるなんてしたくねーよ。
「好きっ・・・・なんだ、・・・・本、山本っ・・・」
その瞬間、いきなり部屋のドアが開いた。
バンッッッッッ!!!!
勢いよくドアを開けて部屋に入ってきたのは山本だった。
驚いてドアの方を見たと同時に抱きしめられる。
「・・・・・山・・・本・・・・・」
「馬鹿、獄寺の馬鹿野郎!!」
山本はそう言うと、俺の肩を強く抱いた。
「獄寺のバカ」って言葉を数回繰り返して、そのたびにキツく抱きしめられた。
「独りで泣いてんなよっ」
「・・・・・・独りにしたのはてめぇだろ」
「獄寺は、ずるい。獄寺は卑怯だ」
「なんでだよ」
「俺が獄寺と別れたりできないこと知ってる」
「そんなの知らねーよ。・・・・っつーかそんなの誰にも分かんねーだろが。俺だって、お前が俺と別れたりできねぇとかそんなの・・・・分からねぇ」
そう。いつだって未来は誰にも分からない。
山本がいつ俺に愛想をつくかどーかなんて、俺にだって分からない。なぁ、俺ってそこまで余裕あるように見えんの?
お前の目にはそういう風に映ってんのか?
もしそうなら、俺も必死だってことだ。
「・・・・獄寺はずるい」
「・・・・・・・・」
「別れようってさっき言ったの、あれ、なし。ごめんな、俺・・・・獄寺に酷いこと言った」
山本は泣きそうな声でそう言った。
微かに漂う、山本の香り。強く抱きしめられた腕から、首すじから、手の先から匂う香り。甘いけど涙のニオイ。
なんだよ。お前も泣いてるのかよ。
俺たちはしばらく抱き合って、2人して泣いた。
いい男同士が泣きながら抱きしめ合う光景はなんともおかしいんだろう。それでも、これが俺たちなんだ。
喧嘩して、殴り合って、そしてまた確認する。分からなくなったら何度でも確認する。俺はお前が好きなんだ・・・って。
「獄寺好きだよ。ずっと一緒にいて」
そう言って頼りなく笑う山本を見たら、また涙がこぼれた。
「・・・・・・・・俺も一緒にいたい」
好きだという言葉の代わりにやっと言えた言葉。10年経って、やっとちゃんと山本に言えた言葉がこれだけ。
(こんな俺でいいのか分からない。それでもお前は一緒にいてくれる?)
部屋中甘いにおいがしてなんだか笑えた。
end