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□ベイビーアイラブユー
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『山本が好き』
なんてセリフ言えるわけねーだろ。ふざけんな。
そんな歯の浮くような言葉が聞きたいっつーんなら、俺なんかじゃなくて女と付き合えばいーだろ。そう山本に言ったら、アイツはすげぇ傷ついたような顔して、
「もういーよ!」ってふてくされた。
ぼすん!と音を立てて、山本は俺のベッドに寝っ転がる。そして、さっきまで読んでいた漫画雑誌に読みふけった。
「・・・・・・・・・・」
沈黙の時間が流れる。俺は何をするわけでもなく、話し相手もいないし手持ちぶたさになって机の上のライターとタバコを手に取った。
シュボッ!
・・・・・・フゥ〜・・・
タバコの煙を吐いてしばらくボーッとする。途中何度かベッドの上の山本に目をやったけど、俺に背を向けてずっと漫画本に読みふけっている様子だった。
(おまえ何しに家来たんだよ)
チッ。俺は山本に聞こえないように舌打ちを打つ。
ぼーっとしながらライターの火を消したりつけたりを繰り返していると、なんだか空しくなってきて途中で止めた。
「おい」
山本の方に体の向きを変えて声をかけるが、応答なし。・・・・・・っつーか無視?
「おい、山本!」
「・・・・・・・・・・」
それでも無視して漫画を読み続ける山本。
なんだよ!何怒ってんだよ。俺はライターを机に置いて立ち上がり、ベッドの上の山本に近付いて顔を覗き込んだ。
「おい、無視かよコラ」
「・・・・・・・・・・・なに」
山本はあからさまに機嫌を損ねた様子で答えた。相変わらず俺に背中を向けたままで。
ガキかよ、お前は!
『獄寺って俺のこと本当に好き?』
もとはと言えば山本がそんなことを言い出したのが事の始まりだった。
(なんだよ、いきなり・・・・)
山本の突然の問いかけに戸惑って、俺はそのまま奴の質問をスルーした。
今日は金曜日。明日学校が休みだから、山本が俺の家に泊まりにきていた。部屋に入ってテレビ見て適当に笑って、漫画読んで、普通に過ごしていたのにいきなりのこの質問。戸惑わない方がおかしいだろ。
なんだよ、その女みたいな質問は!
「キモイからそういうこと聞いてくんな」俺がそう言い放つと、山本は眉をしかめた。
「キモくねーよ!大事なことだろ」
「男同士なのに何でそんな言葉言い合わなくちゃなんねーんだ!ふざけんな」
「なんだよそれ?男同士だからとか女だからとかそんなこと関係なくね?じゃあ、俺たちなんで付き合ってんだよ?お互い好き同士だから付き合ってんじゃねーの?」
「ああああああ、うるせぇ!!質問ばっかしてくんな。うぜぇ」
「いつまでたっても下の名前で呼んでくれねーしさ。俺もよく我慢してる方だと思うぜ」
「なにが我慢だ、テメー!!それはこっちのセリフだっ。今の言葉撤回しろ、今すぐ撤回しろ!」
「そういうすぐキレるところもどうにかした方がいいぜ。カルシウムが足りてない証拠」
「おい、コラ。それ以上言いやがるとマジで果たすぞ! なにが好き同士だ。てめーが一方的に言ってるだけだろーが!そんなに文句あんなら俺なんかとじゃなくて、女と付き合えばいーだろ!!」
・・・・・・・・という最後の俺のその一言で、今の状況に至る。
興味のないものを見てる時みたいな冷めた目で山本は俺を見ると、ぱっと視線をそらして何も言わずにまた漫画を読みだした。
山本は・・・・こいつは普段ヘラヘラしてる天然馬鹿のくせに、いきなりこういう態度を取ったりするからタチが悪い。山本が1回こうなったら正直言ってかなり面倒くさい。
ふだん気が長くて穏やかなせいか、一度機嫌を悪くしたらなかなか直らない。これが山本武だ。
「おい、バカ本。無視すんな」
「・・・・・・・・・」
(あくまでも無視し続けるつもりかよ、てめー!!)
俺は、カッとなって山本が読んでいた漫画本を取り上げた。
「獄寺っ、何すんだよ」
「うるせー!!てめーがシカトすっからだろーが!」
山本にそう言い放つと、奪い取った漫画を床に投げつけた。
勢いよく床に叩きつけられた漫画本の表紙が衝撃でぐしゃっと折れ曲がる。
山本はさっきよりも険しい顔つきで俺の顔を睨みつけた。
なんだよ、その顔。お前が悪ぃんだろ?俺が何度も話しかけてるのに無視すっから。そんなふうに怒ったような態度取られても俺は絶対謝ったりしねーからな!
一旦怒ると面倒くさい山本。意地を張り続ける俺。なにがどうしたって合わない。それは付き合うってなった時から分かっていたことだ。
だからこんな口喧嘩みたいなこと今更じゃねぇか。付き合って一体何回山本と喧嘩しただろう?原因はいつだって、すぐ忘れちゃうほどのどうでもいいこと。
小さなことが積み重なって、最後は激しい言い合いになる。
もっとこうしてくれよって求めてくる山本。無理だって言い張って折れない俺。
もともとの性格が違い過ぎるんだから、合わなくて当然だろ。
そもそも、何で山本はこんな俺がいいんだ?
それが最大の疑問。
あんだけ悪態つかれて、よく好きになれんな。
俺自身がそう思うんだから大概お前も報われない奴だ。
「獄寺が女と付き合えばって言ったのがすげぇムカついた。なんでそういうこと簡単に言えんだよ?本気でそう思ってんの?」
物凄い力でベッドに押し倒されたかと思うと、山本は視線をそらさずにその真っすぐな瞳を俺に向けて言った。
抵抗しようともがいてみたけど、抑えつけられた肩がぴくりとも動かない。
「ちょ、山本、離せって・・・」
「答えろよ獄寺」
「いてぇ・・・・ちょ、マジで離せって」
山本の力は弱まることなく、さっきよりも強く押さえつけられた。
「山本、おい、コラてめぇ調子にのってんじゃ・・・・」
そこまで言いかけて、ハッと言葉を飲み込む。
俺の目の下にぽたぽたと流れ落ちる冷たい滴。俺の頭上の上から、それは降ってきた。
「・・・・・・・・山本」
山本の瞳から大粒の涙。俺はビックリして、しばらく声を発することが出来なかった。
(・・・・・なんだよお前・・・・何泣いてんだよ)
いつもの山本からは想像できない。肩を微かに震わせて、静かに涙を流しながら山本は俺の胸元あたりに頭を置いた。
そしてその姿勢の状態で静かに泣いた。山本の広い背中と肩、黒い髪が揺れる。
涙が俺の制服の胸元あたりにこぼれ落ちて、生温かに湿り出す。
静かな部屋に山本の鼻をすする音だけが響いた。俺は目を閉じて、その声だけをずっと聞いていた。
「・・・・・っ、うっ・・・・っ・・・・」
なぁ。山本。お前、俺のことどんだけ好きなんだよ。泣くぐらい好きなのか。なんでお前はいつもそうなんだ。
いつもテメーは俺のペースを乱す。いつだって、今だって。
泣くなんてずりぃよ。俺まですげぇ心が痛い。胸の奥がチクチク痛む。でも、ただの苦しさじゃない。痛くて、苦しくて、きゅうううって心臓が収縮して、でもそれでいてたまらなく愛しい。
山本が愛しくてたまらない。
俺は、自分の胸元にうつ伏せたままの山本の頭を抱えるように強く抱きしめた。
end