企画部屋
□思い出と一緒に葬ろう
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秋独特の風が開け放たれた窓から吹き込んでくる。
大久保は身を刺すように冷たくなってきた風にも頓着せずに藤田と名を改めた男を見据える。
「藤田、か」
「何かおかしいことでも?」
藤田は背筋をぴんと伸ばしたままそう答える。
「いや……少し不思議な気がしただけだ」
今自分を護衛している男は決して新撰組の三番隊組長ではないのだろう。
維新に貢献した男達がごまんと棲息するこの明治政府という魔窟の中で生きる藤田五郎という男は斎藤一とはまるで別人だ。
大久保とて彼がかつて伊東という男に従い御陵衛士として薩摩藩邸に出入りしていなければ、その容姿を知らなければこの男の正体に気付いていなかっただろうとすら思える。
「上手く化けるもんだな」
少しばかり揶揄するように大久保は微かに口の端を歪めて笑った。
「今は『藤田五郎』ですからね」
藤田もうっすらと笑みを浮かべる。
一見すれば人好きするような笑みだがそれがまた人を惑わすためのものだと理解している大久保は一種の賛辞すら贈りたくなる。
「私には真似できんな」
そう言うと藤田は「おや」と不思議そうにそう零した。
「大久保卿だって上手く化けていらっしゃるでしょう」
「ほう、私がか?」
そう問い返すと藤田はええ、と微笑み、すっと琥珀色の瞳を覗かせた。
「『大久保一蔵』とは違う『大久保利通』を作りあげていらっしゃる」
大久保は思わず僅かに目を見開いた。
しかしそれは一瞬のことで、すぐに微かに笑って口を開く。
「成る程……そうかも知れないな」
藤田は藤田である時はいくらかつての仲間達を貶められても一向に意に介さずにこにこと笑っている。
しかし斎藤に戻った時にたまたまその刃を向けた相手が新撰組をけなしたのと同じ相手だった時、その遺体は目も当てられないくらい陰惨なものになっている。
その報告を川路から聞く度にああこの男も血が通った人間なのかと思っていた。
だからこそ。
「本官は――御同情申し上げます」
何を指してのことなのかは言われなくてもよく分かった。
先だって起こった維新後最大の内乱にして最大の内乱。
大久保は思わず冷たい笑みを藤田に向けて口を開く。
「『斎藤』なら、なんと言うかね?」
「さぁ……私には分かりかねますが」
そうにこりと笑みを貼付けて藤田は答える。
「『甘ったれてんじゃねぇよ、クソ野郎が』くらいは言うのではないかと」
「……辛辣だな」
「想像に過ぎませんがね」
そう言うと藤田は一礼してから大久保に背を向け、足早に執務室から出て行った。
大久保は天井を拝んで、呟いた。
「一蔵、か」
懐かしい名前をなぞってみる。
かつてその名を一番多く呼んだ偉大な盟友であり最大の謀反人の声が今にも思い出せそうで、大久保利通は記憶に蓋をする。
そして机の上に溜まった書類を一瞥すると藤田のことも斎藤のことも一瞬の内に脳内から追いやり、氷のような表情を浮かべた内務卿は執務を開始した。
→後書き