企画部屋
□君と戯れる
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※沖田さん大暴走につき変態警報発令中。
十月三十一日とは言っても日本に於いてその風習の浸透度は他のイベント事に比べれば低い。
しかし日本人の逞しい商魂や宗教・文化の違いなど微塵にも気にかけない性質上、近頃はその横文字をよく見かける。
ショッピングモールなんかは黒とオレンジで彩られそこいらから南瓜が吊されているくらいだ。
だから俺は溜め息を吐き出した。
――満面の笑みを浮かべて俺の方に歩み寄る沖田とその頭に乗っている理解不能なオプションの意図が分かってしまう自分に対して大きな溜め息を吐き出した。
「はじめさん!」
そう言って俺の机の前に立つ沖田は満面の笑み。
加えて、その頭の上に乗っているのは犬のような耳だ。
優男に分類されるだろう沖田には中々に似合っている、それは否定しない。
だが、ここは学校でしかも今現在沖田と俺、そして俺と今の今まで話していたせいでとばっちりを喰らった藤堂までもがクラスメイト全員の視線を集めている。
やめてくれ。百歩譲ってやるから家か道場でやってくれ。と言うか、お前それどこで買ったんだ。
それら全ての言葉を飲み込んで俺は溜め息を吐き出した。
「……何か用か?」
ポケットに手を突っ込んでそう問い掛けてやると沖田は少し身を乗り出して俺に言う。
「はじめさん、トリック・オア・トリート!!」
「……だと思ったぜ」
俺はそう溜め息を吐き出してポケットから最終兵器を掴んで沖田に突き付けた。
最終兵器、なんて偉そうなもんでもない。通学途中でコンビニに立ち寄り買ってきたチロルチョコ。
沖田の手に乗せてやると、その本人はポカンとしている。
俺は僅かな優越感から口の端を軽く上げた。
「菓子だろ?ほらよ」
そう言うと沖田は唇を尖らせるようにして拗ねたように口を開いた。
「覚えてたんですか?」
「あんだけ世間で宣伝してればな」
「あーあー、はじめさんならハロウィンなんて覚えてないだろうし普段からお菓子持ち歩くような習慣もないだろうなと思ってたのに」
「そりゃ残念だったな」
微塵も思わないままそう言ってやると沖田は言葉を継ぐ。
「そうですよ、僕としてはお菓子持ってないはじめさんに『じゃぁ悪戯ですね』なんて言ってアダルティーな悪戯と称してあんなことやこんなことを」
「黙れ変態」
俺はそう言いながら沖田の鳩尾に拳を叩き込んだ。
椅子に座っている俺から強烈な一撃を受けるとは思っていなかったのかさしもの沖田も呻きながらその場に膝をついて崩れ落ちる。
何が悲しいって今の沖田の発言を聞き流せるようになっている自分自身とクラスメイト達が一番悲しい。
「朝から絶好調だなぁ、総司は」
笑いながらそう言う藤堂を俺はぎろりと睨みつける。
「人事だと思って能天気なこと言いやがって」
「まぁ実際、人事だし?」
からから笑う藤堂は今日の部活で半殺し決定だ。
自分の中だけでそう決めると沖田が勢いよく身を起こした。
「あ、復活した」
藤堂が呟くのを横目に俺はまた良からぬことを考えているだろう沖田に訊ねる。
「次はなんだ?」
「はじめさんも言ってくださいよ」
「……は?」
トリック・オア・トリートってか?
「あ、でもただ言うだけじゃ駄目ですからね」
沖田はそう言って頭につけた犬耳を外す。
どうやらカチューシャのようになっているらしい……そんなこと別にどうでもいいが。
それよりも今の俺には、それを俺の方に差し出している沖田の笑顔の方が気になる。
「……で?」
「やだなぁはじめさん、『トリック・オア・トリート』って言うんなら仮装しないと!」
西洋では仮装してるからこそお菓子を貰えるんですから、と力説する沖田に俺は溜め息を吐き出す。
「……嫌だ」
「えー、何でですか!?僕はやったのに!!」
「それはお前の勝手だろうが」
俺がそう言うや否や、沖田が俺の手首を掴む。
「……してくれないんですか……?」
俺は少し言葉に詰まる。
なんだか色んな意味で危険な気がする。こういう目をした沖田がどんな暴挙に出るかは全く分からない。
「……貸せ」
「するのかよ」と横で小さくつっこむ藤堂はスルーして俺は沖田の手から犬耳を取り上げてさっさと頭にはめる。
そして素早く口を開く。
「トリック・オア・トリート」
カシャ。
…………カシャ?
俺の言葉とほぼ同時に俺の正面から音がした――と言うか俺の正面で沖田が構えた携帯電話から音がした。
「お前っ……!!」
「はじめさんの犬耳写真、ゲットです!!」
そう言って携帯電話をポケットに収納した沖田に俺は犬耳を頭から外して床に投げつける。
「消せ!!」
「絶対嫌ですよ!こんなにかわいいのに!!」
「かわいくねぇよ!!」
消せ!消さない!の問答をしているとがらりと教室前方の扉が開いて怒声が響いた。
「沖田!斎藤!朝っぱらからうるせぇ!とっとと席に着きやがれ!」
額に朝っぱら青筋を浮かべた土方先生に沖田は「はーい」なんて言って俺の机にカラフルな包装用紙に包まれた飴を置く。
斜め前の席に座り、鼻歌まで歌って携帯電話のディスプレイを眺める沖田を見て俺は溜め息を吐き出した。
「お前さ、大概総司に甘いよな」
「黙れ」
そう言って俺は包装を解いて黄色の飴を口に含んだ。
レモン味のそれは俺の嗜好に合わせて甘さ控えめのものに思えた。
俺だけのために用意してくれていた飴に少し照れ臭くなりながら、思わず呟いた。
「……甘ぇ」
「お前がな」
「だから黙れ」
俺はそう言って藤堂を一発殴りつけた。
→後書き