企画部屋

□もう、逃げていいよね?
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 門田京平は悩んでいた。とてつもなく悩んでいた。

 そんな門田の心中など露知らず、目の前の金髪と黒髪は相も代わらず自分を挟んでバチバチと火花を散らしている。

 どうやったらこの状況を打破できるのか、と考えてみたが到底無理な気がして仕方がない。

 とりあえず声でもかけてみるかと門田は口を開く。

 「なぁ、しず」

 「とりあえず門田の手ぇ離せノミ蟲野郎、くっせぇ臭いが移っちまったらどうしてくれんだ」

 「おい、いざ」

 「はぁ?何言ってるのか意味分かんない。っていうかシズちゃんの言うことってホントに餓鬼臭いよね。シズちゃんこそドタチンの学ラン握りしめないでよ、そんな馬鹿力で掴んでたら破れちゃうでしょ?そんなことすらも分かんないの?」

 火花を散らしながら怒涛の罵りあいを始めた二人にはその争いの発端である門田の声すら届かない。

 こりゃ無理だ、と判断すると門田の視線は二人の頭を越えて教室の壇上に立つ当惑顔のクラス委員に向いた。

 そしてクラス委員に対して心の中で最大限の謝罪をしながら、大きく溜め息を吐き出した。

 「……どっちでもいいじゃねぇか、修学旅行の部屋割なんざ」

 「よくない!!」

 門田の呟きについ一瞬前まで言い争っていた二人は綺麗に声を合わせてそう叫んだ。

 思わず目を見開く門田に臨也と静雄は口々に言い始める。

 「こんな野獣みたいな単細胞とドタチンが二人っきりで泊まるなんてドタチンが汚されるに決まってる!」

 「こんなうぜぇノミ蟲と同じ部屋で門田が眠るなんて思うだけで耐えられねぇ!なんかされるに決まってる!」

 「……いや、汚されねぇし何もされねぇと思うが」

 俺は女か、と溜め息を吐き出すも右腕に絡みついた臨也の腕は離れる気配がないし学ランの左袖を握りしめる静雄の手も全く同じく。

 あはははと横で傍観者の笑みを浮かべている新羅が忌ま忌ましい。

 大体なぜ二人部屋なんだ、たかが高校の修学旅行の癖に。

 三人部屋とか四人部屋とかがもっと割り当てられてもでいいだろう。つか誰か代わってくれ。

 そんなことをつらつらと思う内にも臨也の舌はよく回る。

 「大体さ、シズちゃんはバスの席がドタチンの隣なんだから夜くらいは俺に譲ってくれてもいいと思わない?譲り合いの精神とか知らないの?電車に乗ったら書いてあるじゃん、『座席は譲り合って座りましょう』って」

 「俺は電車の座席か」

 思わずそう言った門田に新羅が横から口を挟む。

 「と言うかさ、臨也も静雄も一番大切なこと忘れてない?」

 「は?」

 「あぁ?」

 臨也と静雄がほぼ同時に新羅にそう声を返した。

 ようやく救いの手が、と少しほっとした門田だったが現実はそう甘くはなかった。

 新羅はずばり、と言ってビシリと門田を指差し、更に混乱を巻き起こすことになる言葉を発した。

 「門田の意思だよ」

 「………俺?」

 臨也に抱き着かれた手で自分を指して門田は問い返す。

 「そうそ」

 「そうだよねー、シズちゃんがどれだけドタチンと相部屋がいいって叫んだところでドタチンは嫌だよねそんなの!」

 新羅の台詞を遮って臨也は目をキラキラさせてそう言い募る。

 一方静雄は一気にしゅんとなってしまってまるで捨てられた子犬のような目をして門田小さく問い掛ける。

 「そう、なのか……?」

 門田は胸がずきりと痛むのを感じた。何だこの罪悪感は。

 「いや、嫌じゃねぇから!な、だからそんな顔すんなよ静雄」

 柔らかそうな金色の頭を撫でてやりたくなったが残念なことに両腕は共に塞がっていた。

 するとぎゅぅぅぅと臨也が腕に抱き着いてくる。

 「……臨也、そっちの腕の方が痛いんだが」

 「だってドタチンがシズちゃんとラブラブするんだもん!」

 「してねぇ!!」

 思わず顔を赤くして叫んだ門田に臨也は目をきらりと光らせて門田の顔に自分の秀麗な顔を近づける。

 「じゃぁ俺と同じ部屋でいいじゃん、シズちゃんとラブラブする訳でもないんだからさ」

 「いやお前の理屈、訳が分からねぇぞ」

 いつもだけどよ、と呆れ果てる門田の顔にに臨也の秀麗な顔が近づいていく。

 「いやいやそんなことないって。それに理屈が分からなくっても体で分かればいいってはなぐはっ」

 機嫌よく話していた臨也の顔が歪みその体ごと数歩後ずさった。

 静雄の拳が臨也の顔に飛んだということが門田にも理解できて、それでも自分の腕をがっちり掴んで離さない臨也を少しばかり見直した。

 「ちょっとシズちゃん何してくれてんの?俺の麗しい顔が傷ついちゃったらどうしてくれる訳?」

 「るせぇ、てめぇの顔面なんざいっそ凹ましてやりてぇよ」

 静雄は握った拳をもう片方の掌にぱしっと打ち付けながらそう言う。

 「取り敢えずあれだ……門田から離れろっつってんのが分かんねぇのかこのノミ蟲野郎ぉぉぉぉ!!」

 ぶぅんという拳が振るわれるにしては激しすぎる風の音に思わず臨也は門田の腕を離して華麗にバックステップをする。

 因みにそこいらの座席の生徒はとっくに机ごと退避済みだ。

 「死ねノミ蟲ぃぃぃぃ!!金輪際門田に近づくんじゃねぇぇぇぇ!!!!」

 「うっわ、シズちゃん独占欲強すぎ。拘束する男はウザがられて嫌われるよ?」

 「てめぇにだけは言われたくねぇよ!!」

 静雄が拳を振るい、臨也がそれから身をかわしながら二人は教室から出て行った。

 廊下に静雄の叫びと臨也の声が響いている。

 門田がどうのこうのとのたまっているように聞こえる声に門田は軽く泣きたくなってきた。

 何より周囲の労うような視線が痛い。

 「誰かに三人部屋、譲ってもらったら?」

 からからと笑ってそう言いながら消毒液と包帯を用意し始める新羅に門田は溜め息を吐き出す。

 「なんで三人だ。四人だろ」

 「ひょっとしてっていうかひょっとしなくてもその四人目って僕?」

 「当たり前だろ。お前、俺とあの二人を同じ部屋に放り込む気か?俺は旅の空で過労死だけは御免だ」

 つーか、と門田は自分の座席に深く腰掛けて呟いた。

 「もう逃げてもいいよな?俺」

 「君が逃げると周囲の被害が尋常じゃ無くなると思うから我慢した方がいいと思うけどね」

 頭痛と胃痛の薬なら準備しとくからさ、なんて爽やかな笑顔で言う新羅にもう一つ溜め息を吐き出してどうしたら四人部屋を確保できるものかと門田はクラス委員に向かって口を開いた。



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