ONEPIECE

□失った日
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 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 ただ、両手で持った剣でその重い斬撃を顔前で受け止めた――はずだった。

 奴の剣はクロコダイルの左手首から先を無情にも奪っていった。

 一瞬空気が淀み、次の刹那、左手首と、同時に斬られていた顔からおびただしい量の血飛沫が舞った。

 クロコダイルは、出血の激しさに思わず膝を付いた。

 顔に走る一文字の朱は狂いだしたくなるほどの痛みを彼に与え、左手首からの出血は次第に彼から体力を奪ってゆく。
クロコダイルは痛み故に零れ落ちそうになる

 呻き声を、何とか矜持で押し込める。

 その様子に気づいたのか、クロコダイルと対峙する巨漢――その気になればいつでも世界を揺るがすことも可能なその男は、彼の能力の音のような声を立てて笑った。

 「グララララ……中々見どころのある餓鬼じゃねぇか、小僧」

 クロコダイルはその言葉に、声に、怒りを露わにして、金の双眸でそびえたつ壁のような男を睨み上げた。
 
 「ふざけんてじゃねェ……!!」

 こうまで一方的にやられてたまるか。

 クロコダイルは心の中でそう呟くと、右手一本だけで剣を握りなおす。

 が、上手く力が入らなくて剣が持ち上がらない。

 普段は木の棒より軽く感じる愛用の剣が今はただの枷の如くのしかかってくる。

 白ひげはその様子を見てクロコダイルに背を向けた。

 「片手と顔の傷に免じて、命だけは助けてやるぜ、小僧」

 その悠然たる姿に、クロコダイルは歯を強く噛みしめた。

 畜生。

 畜生。

 畜生。

 クロコダイルは剣を地面に捨てると、最後の力を振り絞って右手を振り上げた。

 「ふっ……ざけんなァァァァァァァァ!!!!」
 
 咆哮と共にクロコダイルの右手から砂の刃が白ひげの背中向かって直進する。

 あわや直撃、といったところで白ひげは何の危なげもなく振り向きざまの拳を繰り出す。

 その拳一発でクロコダイルの渾身の攻撃は掻き消された。

 クロコダイルの右腕は、力なく垂直に垂れ下がった。

 「てめぇの攻撃は素直すぎるんだよ。
  若さ故なんだろうがな、力でゴリ押しするだけが攻撃じゃねぇ。
  せっかくいい能力持ってんだ。もっと能力を磨くんだな」
 
 白ひげはどこか楽しそうに言う。

 「右手一本でどこまで高みに登ってくるか……見物だな、ルーキー鰐小僧」

 白ひげは、地を揺らすような笑い声を残して立ち去った。

 クロコダイルはただ膝を着いてその大きな背を見送った。

 「……餓鬼……?」

 背中が見えなくなって、一人になった頃誰に言うでもなしにそう言う。

 手首の無くなった左手を目線の高さまで掲げた。

 顔の傷は既に痛みすぎていて感覚が無い程のレベルにまで至っている。

 「餓鬼、か」

 そう呟いた口の端がいびつに歪む。

 その隙間から、哄笑が漏れ出た。

 「ク、ハハハハ……」

 そのまま視線を上にあげ、灰色の分厚い雲を見つめる。

 「馬鹿、みてぇだな、おい」

 何が、海賊王。

 何が、「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」。

 笑う気力も、何か言葉を発する気力も全て根こそぎ奪われたような気がする。

 野心も、夢も、希望も。

 ただただ、思いあがっていた自分が哀れだった。




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