オリジナル

□狐の嫁入り
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一人の少年は、何時も空を眺めては物思いに耽っていた。
少年の周りに子ぎつねがすりついてジャレてきている。
季節は夏。
人間の世界では忙しなく祭りの支度をする季節である。

昔、兄に人間界の祭りに連れてきてもらったことがある。辺りはとても明るく、飴細工が露店の灯りでキラキラと輝いていた。兄さんは僕がじっくりと眺めていた飴細工を一つ買ってくれた。その時初めて、人間界で言う『お菓子』と言うものを口に運んだ。

今までに食べたことのない味だった。

兄さんが言うには、その菓子は砂糖というモノで出来ているらしい。
この薄っぺらい光沢物質の中に何故こんなにもいろんな味がするか不思議でしょうが無かった。イチゴ、レモン、オレンジ、ブルーハワイetc……。南蛮渡来であろう横文字を露店の亭主が色々と僕に話してくれた。それが味の話だとは解ったが、僕が口に運んだソレがそのイチゴであるのか、西洋みかんであるのか見当がつかなかった。だって、実際はこんな甘ったるくもないし、それに僕が食べたことがあるのが野苺や普通のみかんだからもある。

僕がそうやって、亭主と話している間にいつの間にかに兄さんは何時も悠然と空を舞う雲を棒に巻き付け持ってきていた。
兄さんはこれを『綿あめ』と言っていた。僕が食べていた飴より柔らかく、そして甘かった。昔、兄さんが僕のようにまだ小さかった頃、里の年長者に連れられて買ってもらった思い出の品だという。
また、兄さんは一緒に露店を巡ってる間に僕にお面を買ってくれた。狐のお面である。別に僕は欲しいとは思わなかったが、兄さんは僕に喜んでもらおうと買ってくれたのだろ。兄さんの善意に僕はそのお面を頭に着け、笑顔を贈った。

『昔』。そんなモノを振り返っていたら、いつの間にか時間はたち日が暮れる。また、僕たちにとっては無駄な時間の浪費となってしまう。
僕は、普通の人間じゃない。
いや……。

人間ですらない。

僕たちの種族は一つの過去に対しても、短くても100年以上前の出来事に換算されてしまうほど長寿の民だ。


晴れているのに、突如雨が降ってきた。天気雨。人間界ではそんな日には、狐が嫁入りすると言われている。

時がきた……。

少年は走る。
周りにいた子ぎつね達はいくら走っても追いつかない。終いには、彼一人で走っている状態になってしまった。


彼は走った。
大好きな兄のもとへ……。





"カツーン、カツーン"
複数の下駄の音が鳴り響く。
花嫁は後ろに行者を従え静かに目的の場所を目指して歩いていく。愛しきあの方の所まで……。
僕はその花嫁より先を走った。走っていく中で風が音を鳴して自身を過ぎ去って行く。森をずっと走ると、いきなり目の前が開けた。今まで、天気雨が降っていたのにその場所に行くと雨が止み、空はそこだけ太陽の暖かい日差しが降り注いでいた。
木々は、中心の祭壇を囲み広く空間を開けていた。
そこには白装束を来て花嫁を待つ花婿がいた。

「兄さん……」

花婿は振り返った。花婿はそっと少年を観て近寄る。

「樹希(きき)、お前はまた本体から抜け出したのかい?」

花婿、少年の兄はそう口にした。
少年は、何も聞きたくないと耳を両手で塞ぎしゃがみ込んでしまった。

「解らないよ!!兄さんが言ってること!!」
「樹希……」
「どうゆう事なの?……兄さん」
少年・樹希はぼたぼたと涙を流し泣き始めてしまった。
兄は、心配そうにこちらに近づき、樹希を抱き上げた。

遠い昔に感じた感触。
今はもう、兄の匂いがしない服をまとった兄。
樹希は、ただその服を握りしめ何処かに消えてしまいそうな兄を行かせまいと抵抗するしかなかった。
「兄さん……」
「……可哀想な僕の弟。私が何故あんなにも外に出てはいけないと行ったのに……」
樹希は、ほんのりと感じる兄の温もりと心癒される声にただ目を瞑り感じていた。
(大好きな兄さん……。もう何処にも行かないで………)


兄弟であるが故に越えられ無い壁……
だけど、好きでしかたがない……
共に此処から逃げ出したい……
兄さん……
兄さん、兄さん……!!
どうして、僕らは兄弟として出会ってしまったの?


ただ、自分の中にそう想い続けるだけしかできない自分に苛立ちを覚えるときもあった。そんな自分が嫌いになるときもあった。だけど、今はただ兄を大好きな自分でいたかった。
樹希は兄の服に顔を埋めた。そんな樹希に兄は頭を撫であやす。

すると、先程樹希が追い越してきた花嫁が此処に到着した。
空間の入り口から鈴の音が聞こえてくる。
「樹希……私がどうしてお前を外に出そうとしないのか解るか? ……何時までもお前と一緒にいる為なんだよ」
花嫁は、ゆっくりと花婿である兄の元に近づく。
「喜知丸(きちまる)様…… お待たせいたしました」
花嫁はそう言いまた近づく。
兄・喜知丸は花嫁の方を向き歩み寄る。
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