それは、突然すぎる出来事で。


傍にいるのに何も出来ず、ただ時間だけが過ぎていく。

無力すぎる自分には、どうしようもないのだ。









希望の兆しを探り出せ 1



「………」

「…おいおい、孫や。そんな顔してるとまた彰子が心配するぞ」

「…それは…、わかってるんだけど……、って、いうか、孫って言うな」

ぺしぺしと尻尾で頬を叩いてくる物の怪に小さく頷いて、少年はほんの僅かに瞳に宿る陰を薄めた。

安倍昌浩。稀代の大陰陽師、安倍晴明の末孫である。

いつもなら陰陽寮へ向かっているはずのこの時間に、彼が纏っているのは直衣ではなく狩衣だ。邪魔にならないよう項のあたりで髪を束ね、適当に結わえてある。

「それで、お前はこれからどうするんだ?」

「……俺は…、…俺に、出来る事をする」

祈祷は、当代一の陰陽師である祖父が行っているのだ。自分なんかが執り行うよりも、ずっと効果があるだろう。

ひらりと肩から飛び降りた物の怪を目で追い、昌浩は少し離れた部屋にいる少女の姿を思い浮かべた。

最初に妙だと思ったのは、彼女が白湯を飲む回数の異常さに気付いたときだ。明らかに、以前よりも大量の水分を摂取していた。

もちろん気になりそのことについて彰子に直接尋ねてみたが、ただよく喉が渇くだけだと笑顔で答えられた。

そして最近、天一が別の異常に気付いた。どんなに食べても、彰子の体は痩せる一方なのだ。

天一や晴明も同席し、こんどこそ彰子に詳しい事情を聞いた。最初は何やら口篭っていた彰子だったが、観念したらしく徐々に言葉を並べ始める。

異常なまでによく喉が渇くこと。しっかりと睡眠をとっているはずなのに、何故だか疲れが取れないこと。最近では、時折手足が軽く痺れること。

あげられていく症状を、昌浩は愕然としながら聞いていたのだった。

「お前のせいじゃない。あまり思いつめすぎるな」

「……うん」

弱弱しいながらも、物の怪の励ましに小さく頷く。落ち込んでいたところで彰子の病態がよくなるわけではない。わかってはいるが、どうしても自分を責めずにはいられないのだ。

何故もっと早く気付いてやれなかったのか。何故彼女ばかりが苦しまなければならないのか。

「誰でもいい。誰でもいいから…っ」

血が滲み出るほど、下唇を噛締める。


――彰子を、どうか助けてください。


ず…ずず……。

「……え…?」

何かを引きずるような音が、昌浩の耳へと届いた。聞こえてきたほうへと首を巡らせて、思わず息を呑む。

「何か…いる…?」

足元の物の怪へと問いかければ、わからないといった風に首を振られた。じっと目を凝らしまわりを見回すも、それらしき影は無い。

それでも確かに存在する何者かの気配に、物の怪が素早く本性へと立ち戻る。

…ぽこ……ぽこ、ぼこ…。

「……足元?」

新たな音を聞きつけ、昌浩が下を向いた、瞬間。

「!」

二人分の影が大きく伸び、絶句する自分たちの主を呑み込んだ。





「うーん、困ったなぁ…」

ぽつりと、少女が愚痴を漏らした。

左耳よりも上で一つにまとめられている茶色混じりの髪は肩よりも少し長い程度で、先のほうに少しだけ癖がある。年齢相応には身長がある彼女だが、周りにいる影たちは纏っている鎧のせいでさらに一回り大きく見えた。

明らかに殺意をむき出しにしている落武者たち。一様に得物を構え、眼前の邪魔者を排除しようといきり立っているのが見て取れた。

「3対1って、あんまりすぎる気がするんですけどどうですか?しかも女の子相手に」

太刀を構えたまま、少女は一番左側の武者に尋ねてみる。返答は無いかと思われたが、予想外にもきちんと返事は返ってきた。

――言葉ではなく、攻撃でだが。

「え、ちょ、それ不意打ちだってっ」

大慌てで左足を引き、間一髪で少女が切っ先を避ける。ちらりと視線を滑らせれば、一人が動いたのを合図に残りの二人も動き出していた。

一人分の攻撃をかわし、その隙をついてきたもう一人の攻撃を太刀で受け止めた。空いている左手で鞘を持ち、最後の一人の剣戟を流す。

刀身でとめていた切っ先を跳ね返し、すぐさま一旦距離をとった。

「もうここの主はいないんだって、何度言えばわかってくれるのかなぁ」

哀れみ、というよりも哀しみの表情を浮かべて、少女は彼らを見る。

ここに城が建っていたのは今から何百年も前の話。今更戻ってきたところで、主に会えるはずもない。

謝る対象と成りえる相手は、ここにはいない。

「本当は、そっとしておいてあげたいけど…」

既に何人か死者も出ている。放っておくわけにはいかないのが現状だ。

霊の中には人に害を成さないものもいる。だがそれは全ての霊に当てはまるわけではないのだ。

「あんまり悪く思わないで……ん?」

太刀を構えなおした少女の視界に、夜闇とは違う何かが掠めた。それと同時に、向かってきていた霊の一体が突如方向を変える。

もともと夜目は利くほうだ。すぐにそれを追って、少女は無意識のうちに瞠目した。




+  +  +  +  +  +
あとがき。
彰子が可哀相な目にあっているこの小説。
一応何の病気か決めてあるのですが、そこはあえて言わないでおきます。
とは言え、少し歴史の知識と病気に関する知識がある人は何となくわかってしまうと思いますが。

今回は少し長めに話を展開していきますが、お付き合いくださればと思います。

感想等ありましたら是非→掲示板

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