「契約」するのだと骸さんは言った。
この槍で少しお前を傷つけてしまうけれど、こわいことなど何も無い、とも。
俺よりも先に「契約」をすませたらしい柿ピーは、骸さんに与えられた傷に触れながらふらりとどこかへ行ってしまった。
その目はどこか遠くを見つめていた。
「さあ犬、いい子だから目を閉じて」
片方の手で槍を持って、もう片方の手で俺の頬に触れて骸さんは言った。
重たげに言葉をこぼす唇はなんだか不機嫌そうだった。
「目をつむったら痛くないんれすか?」
「分かりません。僕には何も」
「じゃあどうしてそんなこと言うんれすか?」
「おまじないです」
「おまじない?」
「お前が少しでも痛くないように」
それ以上はもう何も言いたくないというように、骸さんの薄い唇はぎゅっと結ばれた。
もう問いかけてはいけない、怒らせてしまう。柿ピーのように頭がいいわけではない俺でもそれは分かったけれど、気がつけば口は動いていた。
「柿ピーも、目をつむったんれすか?」
怒られる、もしかしたら殴られる、そう思ったのに骸さんは、少しかなしそうにわらっただけだった。
「いいえ、千種は目を閉じませんでした」
あの子は僕の与えるものなら、痛みだって何だって余すことなく享受したがるから。
骸さんはそう続けたけれど、きっとその呟きは独り言で、少なくとも俺に向けられたものではなくて、意識の先には罪と柿ピーがあって、俺は隔離
されている。
不思議なことに、どうしてかそれをかなしいことだとは思わなかった。
けれど骸さんにとってはとてもとてもかなしいことなのだと思った。
「犬、おしゃべりはもう十分でしょう。目を閉じなさい」
さっきまでのかなしそうな表情を打ち消すように不機嫌さを取り戻して、柔らかく、それなのに逆らえない色を帯びた調子で骸さんは告げた。
骸さんをかなしませたくなかったから俺は、かたくかたく目をつむった。
だというのに槍によって与えられた痛みは鋭くて、ああ救われたと思った。
どうかこの痛みが柿ピーと同じだけありますようにと、俺ははじめて骸さん以外の神様に祈った。
2010-01-04
黒曜編より何年か前くらいだと思っていただければ。