無彩色ばかりの廃墟の中で、明瞭とした色をもって咲き誇る桜は異端だった。
異端は陽の射さないこの暗い部屋でぼんやりと光を纏っている。或いは僕の目にはそう見えた。
それでいてその光は花弁がはらはらと散って床にたどり着くともう息絶えているのだ。
僕はそれが不思議で仕方がなかったのだけれど、いつからかそんなことは気にも留めなくなっていた。
その不思議はきっと、この部屋での常識であり秩序なのだろう。
この部屋と目の前の男だけが僕の世界になりつつあった。
「―雲雀恭弥」
赤と青の瞳で僕を見下ろしながら、男はぽつりと名前を呼んだ。
それは確かに僕の名であるはずなのに、まるで独り言のようだったから、呼ばれたのだと気がついたのは二、三度まばたきをしたあとだった。
なに、と言葉を投げようと口を開きかけたけれど、それよりも先に男が再び喋り始めていた。
「君は、随分と変わった人だ」
男はしゃがみこんで、ねえ、と続けた。
白い手がそうっと僕の頬に伸びる。
少なくとも僕には暴力だけを与えた掌が、慈しむように何かを包むこともできるのだと、僕はそのことをはじめて知った。
「こんなに痛めつけられて、矜持を折られて、外界から、日常から隔離されて、怖くないのですか、悲しくないのですか、君は」
やはり独り言のような男の言葉は、けれど今度はしっかりと耳に届いた。
こわい?かなしい?この僕が?
そんな感情は弱い人間だけが持ち得るものだ。
怖いわけがない。悲しいわけがない。そうあるべき理由が、僕にはないのだから。
恐れていることを強いてあげるならばそれはこの憎しみを、この男を、忘れてしまうことだけれど、それが全くの杞憂であることを
僕は知っていた(甚だ不本意ではあるが)。
「僕はただ憎いだけだよ、君が」
男の顔を歪めるつもりで吐いた呪詛はしかし、男に微笑を与えた。
ああ、と恍惚とした表情で呟いて、男はそっとため息を吐いた。
「君は僕を、愛しているのですね」
2010-02-15